Gene Over│Last Episode閉環 04空色

 壁―?
 違う、大きな、とても大きな、扉。
 先へ進まなければならない。
 私を呼ぶ声は、この奥から…。
 開かなければ。
 私にしか開けないのだから。


「行政委員長!」
 また嫌な知らせらしい。なぜだろう、予想外のことばかり起こる。
 シオーダエイルが脱走したという報告に立て続け、アルソレイは切羽詰った様子の部下の報告を聞くことになった。
「E-ユニットが…!突如励起し始めました!」
 何が起こっても驚くまい、そう思っていたアルソレイは目を見開いた。
「何だと…!?内部からの信号は厳重に管理して…」
「何者かが外部から管理システムに高度なハッキングをかけた痕跡が見られます。それに伴って、隔壁が勝手に開放を…じきに最終隔壁も開放されます」
「今まで我々が何度アクセスしても開かなかった隔壁がなぜ…」
 アルソレイは思案した。そのようなことが出来るのは、未だ捕捉出来ていないルドだろうか。
「とにかく、何とかして隔壁を閉じろ。プロティアの軍勢が乗り込んで来た今、E-ユニットの秘密を奴等に知られるわけにはいかん」
「はっ!」


 最後の扉。
 閉じるための意志を感じる。
 でも…意味のないこと。
 セフィーリュカはそっと扉に触れた。
 扉が生き物のように反応する。
 ゆっくりと、開いた。
 彼女は足を進める。
 そこはとても冷たい部屋だった。
 ふと肺に吸い込んだ冷気にむせ込んで、セフィーリュカは座り込んだ。ムーンの作りだした青い膜が消え失せる。
「……ムーン…?」
 力を失ったように腕の中に舞い戻ってきたムーンを見て、セフィーリュカは我に返った。今まで自分は何をしていたのだろう。
「…ここは…どこ…?私、倉庫で声を聞いて…」
 不意に、目の前にある機械が音を立てた。薄暗い室内に置いてあるそれは、長く天井まで届くようなチューブをいくつも伸ばしている。それが続く先までは、セフィーリュカからは見えない。
「…これは…」
 セフィーリュカはムーンを抱きしめ、恐る恐る機械に近づいた。後ろで突然大きな音がする。驚いて振り返ると、扉が閉まっていた。セフィーリュカはその扉を自分で開けたことも、今エルステン政府のコンピュータによりそれが閉められたことも知らない。後戻り出来なくなってしまった彼女は更に機械へと足を向ける。
 それは大きな箱のような装置だった。
 セフィーリュカがそっと震える手を触れると、それは一瞬静電気のような衝撃を彼女に伝えた。彼女が驚いて手を離すと、感応するように機械の放つ音が大きくなった。
 徐々に開く装置。
 側面の粒子性壁面が原子に還るように消え失せていく。
 にじみ出てくる冷気を吸い込んで咳き込みそうになるのを堪えながら、セフィーリュカは恐る恐る目を開け、一瞬息が止まるかと思った。
 そこには、人間が横たわっていた。
 セフィーリュカと同じ、爽やかな空色の髪の色。
 鼓動が速くなる。
 青白い顔に、震える指先を近づける。
 冷たい。
 しかし、それは死を伝える感触ではない。

「お父さん―」

 少女のか細い声が周囲の冷気を揺らす。
 八年の歳月が流れても、決して忘れることのなかった父の顔。セフィーリュカは変わらぬその顔を手の平で優しく撫でた。
「お父さん…」
 かすれる声。
 涙で滲む視界。
「お父、さん……」
 消え入りそうな、呟きにも似た少女の呼びかけ。

「―…」

 セフィーリュカの手が頬を離れようとしたその時、彼の眉が僅かに動いた。
 そして彼はゆっくりと、ゆっくりと目を開けた。
 空色の瞳が、鏡を映すように少女の姿をおぼろげながら捉える。
「空(リュカ)…」
 まるで吸い込まれるようにセフィーリュカの瞳を見つめ、カオスはぽつりと呟いた。
 故郷プロティアの言葉。
 何よりも自分を示し、何よりも懐かしく、何よりも愛おしい―空。
「………お父さん…」
 セフィーリュカの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。彼女の涙を頬に受け、カオスは驚いたように空色の目を見開くと、そっと片手を差し出して彼女の頬に触れた。
「…青き空(セフィーリュカ)…?」
 懐かしい声で名を呼ばれ、セフィーリュカは自分の頬に当てられた父の手を両手でぎゅっと包み込むと泣きながら何度も頷いた。
「…お父、さん…お父さん…」
 泣きじゃくる少女を呆然と見つめていたカオスであったが、不意に身体を起こすと彼女を抱き寄せた。
「セフィー…本当に、セフィーリュカなのか…?」
 セフィーリュカは既に忘れかけてすらいた父のぬくもりを感じながら、彼の腕の中で泣き続けた。


 レイトアフォルトは突然立ち上がると、走り出した。身を起こせないディールティーンは驚いて首だけをそちらに向ける。
「レイト…!?」
 廊下に出たレイトアフォルトは、シエスタが見える展望台まで走った。
 息を切らして壁に寄りかかり、彼はシエスタを見下ろした。光を放っている。何かを伝えようとしているのか。苦しんでいるようにも見える。レイトアフォルトは漆黒の宇宙を見上げた。
「開いてしまう……。このままじゃ…宇宙が…」
 頭の中を駆け巡るビジョン。
 ぎりぎりのところで保たれていた均衡が崩れる。
 その時、起こることは―。