Gene Over│Last Episode閉環 02解除

 第六艦隊を指揮系統の中枢へと移した連合艦隊は、エルステンの姿をそれぞれの艦の窓から目視出来る程度に接近していた。
「第六艦隊の精鋭を集めた揚陸部隊を向かわせますわ。あたくしも部隊へ参加し、直接指揮を執ります。副司令のオセイン中佐は置いていきますけれど…もし可能でしたらアーベルン司令には、宇宙へ残る残存部隊の管理サポートをお願いしたく思いますの」
 連邦反逆罪を問うため、第六艦隊が単独でエルステンに攻め入る。そのための作戦としてルイスはゼファーへそのように話した。連合艦隊を解消する形をとることには他の司令も異論なかったが、表面上の責任を分散させるためだけであり、実際の協力関係は続いている。
「ラルネ司令自らが揚陸部隊の指揮を?危険では…」
「心配は無用ですわ。ダスロー宇宙軍最強と謳われる揚陸部隊の力、見せて差し上げましょう」
 通信スクリーン越しにルイスを見て心配してきたゼファーに、彼女は自信ありげに頷いて見せる。
「エルステンは軍施設も民間施設も近い場所にあると聞いています。どうか、民間人への被害は最小限に抑えて下さい」
 敵を倒すために来たのではない、救助と逮捕のために来たのだ。祈るように進言したゼファーに、ルイスは小さく頷いた。
「わかっておりますわ。第五、第十七、第九艦隊の皆さんにはエルステン周辺の哨戒、索敵と、万が一エルステンのフォイエグスト司令長官ら軍の重役が惑星外へ逃亡した場合の捕捉をお願いしたく思っておりますの」
「了解しました。じきに第五、第十七艦隊の補給作業が終了します。行動が可能になり次第、僕達は独自に哨戒、索敵を始めます」
 ルイスからの指示に了承の意を伝え、ゼファーは通信を切った。司令席で今後の艦隊の動きを思案していたところで、艦長席のシェーラゼーヌから声をかけられる。
「司令、当艦格納庫へ、戦闘艇ワレストスの収容を確認しました」
「わかった。クルーへ艦橋に来るよう伝えてくれ」
 一足先にエルステンへ到着していたという姉から情報を得て何とか先の行動へ繋げたい、ゼファーはそう思っていた。
 十分後、リフィーシュアとデリスガーナーがロードレッドの艦橋へ姿を現し、ゼファーの元へ駆け寄る。二人が特に怪我もなくやって来たのを見て、ゼファーは安堵の息をついた。
「姉さん、レンティス少佐、無事で良かった」
「ゼファー、このまま、エルステンへ攻め入るの…?」
「第六艦隊がね。母さんやラルネ司令長官を保護して、軍の重役を逮捕出来れば、それ以上に事を大きくすることはないけど」
 不安げな姉に、ゼファーはそう答えた。リフィーシュアはその言葉に少し安心したようだが、今にも泣きそうな顔で弟を見つめる。
「私達、エルステンの軍人に殺されかけた。まだセフィーやシェータさん達は追われているかもしれない。お願い、ゼファー…助けて…!」
 リフィーシュアはゼファーの軍服の袖を握り締めた。シェーラゼーヌが驚いた表情で艦長席から立ち上がる。
「シェータもエルステンにいるのですか!?」
「巻き込んでしまってごめんなさい、シェーラさん…」
「いえ…メルテを離れたとき、居住区を攻撃されていたのが気がかりでしたから…皆さんと一緒にいてくれた方が安全だったでしょう」
 辛そうに謝ったリフィーシュアに、シェーラゼーヌは首を横に振った。だが、強がって無理に微笑んで見せたものの、やはり心配だった。ラニーと出逢い、自分自身のことで不安定になりかけたところへ追い打ちをかけられた気がする。オリジナルを失ってしまうかもしれないことは何よりも恐ろしいことのように思える。
 ゼファーはしばらく思案した後、コンピュータを操作して艦隊の補給状況を確認した。
「ザリオットの補給は既に済んでいるな…。この艦隊ではあの船が一番速い、急行させて」
「了解しました」
 第六艦隊の揚陸作戦が始まる前に到着出来ることが理想だ。揚陸作戦が始まればエルステン軍もそちらへ意識を向け、現場は混乱するだろう。作戦に向けて発進準備の整っていたザリオットは、すぐにロードレッドの格納庫から飛び立っていった。


 通信機が鳴っている。
 ヒュプノス専用のものではない。アルソレイから渡されたものだ。
 何度も鳴り響く着信音。フィオグニルは無視し続けた。
 彼の前には巨大なコンピュータがそびえ立っている。部屋全体を包む機械音。その中を通信機の音がこだまし、音が更に増幅されていく。
「……アクセス。目標…中枢…E-ユニット制御部…」
 フィオグニルは呟きながらコンピュータに手をかざした。部屋全体の温度が上昇し、無数のモニタが明滅する。
「…アクセス成功……E-ユニット外殻プロテクト解除まで…5、4、3…」
 カウントする度に明滅していたモニタの一つ一つに連続した文字列が現れる。

―タスケテ―
―ココカラダシテ―
―ワタシヲコロシテ―

「…外殻プロテクト解除完了……E-ユニット、外部へのリクエストを開始……リクエスト内容…『適合者』」

―タスケテ―
―ココカラダシテ―
―ワタシヲコロシテ―
―ダレカ…カワリヲ―


「……え?」
 誰かに呼ばれた気がして、セフィーリュカは辺りを見回した。ふとシェータゼーヌと目が合う。
「セフィー、どうかしたか?」
「い、いえ……気のせいですね」
「?」
 周囲では、皆が移動の準備をしていた。リオの忠告通り宇宙港を離れることにしたのである。幸い、ドーランが壊して入ってきた大穴からこの広い迷宮のような人工惑星の様々な場所へ行けるようになっていた。
「途中でエルと合流出来ればいいんだが…」
 ドーランが呟く。フェノンも頷いた。
「フィオ達のこと、何かわかったかな」
「さあな…一番近い反応はヴェーズだからそっちから何とかしてみると言っていたが」
「Ωシステムの解除コードがわかれば…」
 コアルティンスはそう言って悔しそうに俯いた。
 フィックはエヴェスの全クルーを集めて班を構成しているようだった。ここからは分散して行動するらしい。リオのように、共感してくれる下級民を少しずつ集めてクーデターを起こすのも悪くないかもしれない、本気か冗談か、フィックは意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「さて、行きましょうか」
 メティーゼが武器の手入れを終えて立ち上がる。既に始めの班は出発していた。徐々に人々が大穴の向こうへ消えていく。
「行こう」
 立ち上がったシェータゼーヌが、まだ座っているセフィーリュカに手を差し出す。
「あ、はい…」
 セフィーリュカが手を伸ばした時だった。

―…セフィーリュカ…―

「え?」
 今度こそしっかりと聴こえた。自分を呼ぶ声が。
 セフィーリュカは声のした方向を見据えた。ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
「セフィー?おい、どこへ…」
 シェータゼーヌが彼女を呼び止めようとしたが、最後まで言い終わる前に室内を轟音が襲った。
 地面が揺れ、天井から物が落ち、壁の向こうから衝撃波を伴う爆風が吹きつける。
「うわあああっ!」
 その場にいた全員が爆風によって吹き飛ばされる。ある者は飛ばされた先で天井からの落下物の下敷きになり、ある者は爆発によって生じた亀裂に振り落とされた。
 シェータゼーヌは壁に思い切り叩きつけられた。鈍い痛みが全身に広がり、意識が遠のく。
「…セ、フィー……」
 気を失う直前、彼はセフィーリュカが平然と歩いていくのを見た。彼女の周囲にはいつものようにムーンが周回し、そのボディからはザムルで見た、あの青色の光が放たれていた。


「一体、何を考えてるんですか!!」
 スクリーンに向かって珍しく大声を上げたのは、第九艦隊の司令ミレニアスだった。作戦状況の把握のため、リアルタイムで情報交換をしている四つの旗艦。エルステンに一番近い場所にいる第六艦隊旗艦ヒューゼリアを通して送られた映像に誰もが嫌な汗をかいた。映像に合わせてルイスの高笑いも聞こえる。
「対惑星攻撃の基本は派手に、美しくですわ!」
 ルイスは、艦隊がエルステンに接近するや否や、戦闘艦を用いて宇宙港に一斉掃射をかけたのである。停泊していた宇宙船が炎に包まれ、無数の塵が舞った。
「特に意味を持たない攻撃。…えげつないな」
 スルーハンは呆れた顔で眉をひそめた。彼の後ろでマルノフォンも不安げに様子を見守っている。
「……………」
 リフィーシュアとデリスガーナーは目の前の光景に絶句していた。ゼファーも司令官席で固まっている。
「被害は最小限にって言ったのに…」
 会議で、というかほとんどルイスの独断で決定した第六艦隊のエルステン上陸作戦。一刻も早く事態を好転させたいと思ったからこそ彼女の作戦に同意したが、ゼファーは今更ながらそれを後悔した。
「…セフィー……皆…」
 リフィーシュアが震えた声で呟く。デリスガーナーは彼女を抱き寄せ、モニタに映る悲惨な映像を見せないようにした。
「大丈夫だ、きっともう宇宙港から遠くへ逃げてるよ。信じよう、リフィーシュア…」
「……ええ…そうね……」
 彼女は力なく頷いた。
「あれがダスロー流の攻め方か。全く、派手はいずれにしてもどこが美しいというのか…」
 新しく開かれた通信スクリーンに、ザリオット艦長のチアースリアが映し出される。彼は皮肉めいた口調で舌打ちした。
「司令、当艦は十分後にエルステンの成層圏へ突入します。宇宙港があそこまで破壊されるのは想定外でした、着地箇所はこちらの判断で決定して宜しいですか?」
「ああ、構わない」
 通信スクリーンにノイズが混じる。ザリオットがエルステンからの磁場に影響を受け始めていた。
「チアース…」
 艦長席でシェーラゼーヌは不安げに手を胸に当てていた。
「シェータは必ず助ける。だから、そんな心配そうな顔をするな」
 きっぱりとそう言って励ましたチアースリアに、シェーラゼーヌはこくりと頷いた。
「准将、リゼーシュ、セラさん、気をつけて」
「了解しました」
「俺の腕を信じろよ」
「いってきます…!」
 ゼファーがかけた声に、ザリオットの三人のクルーはそれぞれ返事をした。やがて、ロードレッドから遠く離れていったザリオットとの通信が切れる。ザリオットとの通信が終了したのを見て、ミレニアスが口を開いた。第九艦隊旗艦ファースの艦橋では、数隻の船が発進準備を整えているという声が飛び交っている。
「アーベルン司令、そちらのザリオットには到底追いつけないけれど、うちの救助艇もエルステン宇宙港へ向かわせるわね。宇宙港周辺にいる民間人救助を最優先に行動させるわ」
「了解しました。救助活動の指揮をお願いします、トッホムド司令」
「任せてちょうだい」
 数分後には、救護艇の一群がザリオット、そして第六艦隊揚陸部隊の後を追うように飛び立っていった。

 第六艦隊の揚陸艦の一部分はもう数分もすればエルステンへの上陸を果たすだろう。先遣部隊の様子を確認したルイスは、司令席を立って踵を返した。
「やはり…司令自ら上陸なさるなど危険過ぎます!どうか、お考え直し下さ…」
「お黙りなさい!」
 いつになく強い調子でルーゼルは抗議したが、この時はルイスも更に強い口調でそれを遮った。桃色の髪を振り乱し、唇を引き結んで、ルイスは真っ直ぐにルーゼルを見ていた。
「あたくしが行かなければならないのです!お父様をさらったエルステン政府の代表を、この手で捕らえなければ気が済みませんもの…!」
「司令…」
 愛用の指揮杖を預け、持ち慣れない武器を片手にヒューゼリアの艦橋を駆け出していったルイスを、ルーゼルは引き止めることが出来なかった。
 父が既に亡き者とされていたことを、娘はまだ知らずにいた―。