Gene Over│Episode5赤きヒトの涙 05ほころび

 プロティアへの遠征から漸く戻ってきたばかりの第二艦隊が急遽召集されたのは、二時間前のことである。既に出撃態勢は整っており、あとは出撃の命令を待つのみ。
 司令のクリスベルナはいささか苛立っていた。部下に対して過度の檄を飛ばすのはいつものことであったが、今回は何か個人的なことが彼を悩ませていたらしい。

二時間前―

「召集に応じました、司令長官」
 クリスベルナはアルソレイ・リオナシル・フォイエグスト司令長官の前で敬礼した。ややクセのある金髪に澄んだ青い瞳は、一目で高貴な身分を感じさせる。彼の声に振り向いたアルソレイは無言で頷いた。こちらは若者とは対照的に、第一級民らしく色白ではあるが黒髪黒目の重々しい雰囲気を持つ巨漢である。
「プロティアの艦隊がこちらに向かっているという情報が入った。迎撃してこい」
「プロティア宇宙軍…所属上は味方の艦隊です。宜しいのですか」
「あちらからわざわざ仕掛けてきてくれたのだ。これを好機と言わず、何という?」
 アルソレイの鋭利な視線がクリスベルナを突き刺す。クリスベルナは思わず目を逸らした。アルソレイが喉の奥で笑う。
「准将は未だ私に慣れていないと見受けられるな。…そんな仕草は姉と良く似ている…」
 クリスベルナは勢い良く視線を戻すと、アルソレイを睨み付けた。アルソレイはそれにわざと柔らかな笑みを返す。
「怒らせてしまったか。これはすまない」
「…姉の話はしないという約束です」
 クリスベルナは拳を握り締めた。
 亡き姉、ウランベリア。
 八年前EDF部隊などにいなければ、姉は死ぬことなどなかった。
 まだ士官候補生という身分でありながら、銀河同盟軍の攻撃から母星を守るため誇りを持って戦っていた姉は、部隊内部でプロティア人の裏切りを受け殺されたのだと、クリスベルナは艦隊司令の辞令を受けた際にアルソレイから聞かされていた。
 いつかきっと、姉の仇を討つ―。
 プロティアに対する憎悪をぶつけることの出来る機会がついに来たのだ。確かに、これは好機だろう。
「それで、敵の艦隊とは?」
「第九、第十七艦隊だ。第十七艦隊のロイエ司令は相当の手だれ。油断はするなよ」
「了解しました。必ず吉報をお届けしましょう」
 クリスベルナは踵を返し、颯爽と行政委員本部を出た。

「全艦出撃。目標、プロティア宇宙軍、第九および第十七艦隊」
 旗艦トルヘインの司令席でクリスベルナは淡々と命令を出した。名目上同じ宇宙連邦に属する仲間であるとしても、プロティア人と戦うことに何の迷いもない。
「第一級民(リオン)の新たな歴史を作るために…」
 クリスベルナは無意識のうちに、アルソレイから何度も聞かされた理想をぽつりと口にしていた。


 第十七艦隊は第九艦隊を後方に引き連れて一路エルステンを目指していた。第五、第六艦隊とはまだ合流出来ずにいるものの、目的地は同じなのだ。超転移到着ポイントでじっと通信域に入るのを待つよりは目的地を目指してしまった方が、効率が良いだろう。スルーハンはそう思っていた。
「しかし、楽観視しすぎたようだぜ」
 戦闘艦ヴォデラ艦長のカーラインが通信回線を開くなり、スルーハンにそう告げた。第二艦隊が自分達を駆逐するためにエルステンを飛び立ったという情報を既に得ていたスルーハンは両腕を組んで司令席に座り、ずっと俯いて考え込んでいた。気の短いカーラインは苛立たしげに副司令のマルノフォンへと話しかける。
「おい、大尉。そいつを起こせ」
「え?あ、いえ…」
「馬鹿者、起きている」
 困惑するマルノフォンを遮り、スルーハンはカーラインに返事をした。彼は司令席から立ち上がると、冷静に第二艦隊の情報を検索し始める。マルノフォンも何も言わずに従った。カーラインはスクリーンの向こう側でつまらなそうに頬杖をついている。
「第二艦隊…司令はクリスベルナ・リオンザ・チーヌズベル准将。旗艦は突撃艦トルヘイン」
「チーヌズベル家のお坊ちゃんか。プロティアのアロラナール家に匹敵するぐらいの軍人一家だったよな、確か」
 マルノフォンが読み上げたデータに、カーラインが反応する。
「相手は一個艦隊で来るのか?」
 不意にスルーハンが尋ねる。マルノフォンは数秒後頷いた。
「私達が補給艦隊である第九艦隊を連れていることくらい、向こうは知っているはずですよね。どうして向こうは補給部隊を連れてこないのでしょう?」
「決まっているじゃない」
 不意に、艦橋の入り口で高い声が響いた。全員の視線がそちらに集中する。ラノムが腰に手を当て偉そうに立っていた。
「短期決戦で終わらせようとしているのよ。しかも、相当自信があるみたいねぇ」
 カツカツとヒールを響かせながら、彼女は司令席の方まで歩いてきた。マルノフォンがやや警戒した様子で彼女を見る。ラノムはその視線に気付いているのかいないのか、彼女の横を通り過ぎスルーハンの見ているデータを横から覗き込んだ。
「これといって…特別な武器を新調した訳ではなさそうね。持久戦に持ち込んでしまえばこちらの勝利は決まったようなもの。さっさと作戦を練った方が良いんじゃない?」
 さらりと言ってのけたラノムを、スルーハンが侮蔑の意を込めて鋭く睨み付ける。
「エルステン宇宙軍は連邦の仲間だ。我々の目的は誘拐された人間の救助であって、戦うためではない。アーベルンもそう思っていることだろう。銀河同盟との戦争も未だ膠着状態だというのに、これ以上敵を増やせというのか!?」
 ラノムはくすりと微笑んだ。
「いいじゃない。どうせさらった人間を簡単に帰すような連中じゃないでしょ。個人的なことを言わせてもらえば、私はエルステン人なんて大嫌いだし。いくら敵が増えたとしても、私達フォルシモ(観測者)が何とかしてあげるわ」
「貴様…!」
 スルーハンも、マルノフォンも、カーラインも、その場にいた他の者達も皆、彼女を奇異の目で見た。今まで自分達はこんな一家に宇宙の科学を任せてきていたのかと恐怖を覚えざるを得なかった。
「フォルシモ女史の仰ることは正しいと思います」
「!」
 カーラインの後ろに控えていたヴォデラ副艦長のフェネミスが突然発言した。カーラインは彼女を制しようとしたが、彼女は淡々と続けた。その瞳はラノムを射るように見つめている。
「フォルシモはいかなる時も必ず敵を駆逐してきました。プロティアが連邦政府で重く見られるのも彼女達のおかげです。ロイエ司令、あなたもその恩恵を強く受けた一人ではないですか」
「やめないか、少佐!」
 カーラインが声を荒げる。スルーハンはスクリーン越しに呆然とフェネミスを見つめている。ラノムが声を上げて笑った。
「劣等種であるはずの『γ型』の彼女の方がよほど現状を理解しているようね。『優良種』として恥ずかしいとは思わないの、ロイエ司令?」
 『劣等種』という言葉を聞いて、一瞬だけフェネミスの表情が強張った。次の瞬間、スルーハンは目にも留まらぬ速さで腰に刺さっていた護身用の短剣を抜き払っていた。青い瞳が鈍い光を発し、彼はラノムの喉元にそれを突きつける。
「スルーハン!」
 カーラインがスクリーンの向こうで音を立てて立ち上がった。しかし、彼の声はスルーハンに届いていない。ラノムは妙に落ち着き払った様子で再び笑った。
「レディの扱いがなってないわねぇ。ああ、それが『あなた』だったわね。あなたは一人の人間である前に一人の兵士として生まれた」
 スルーハンは答えなかった。ただ徐々に短剣を彼女の肌に近づける。ラノムも依然落ち着いた、どこか楽しげな様子で喋り続けた。
「あなたは縛られることが嫌だと言った。けれど、今こうして私を殺そうなどと思っていること自体、自分の遺伝子に縛られているのだと思わない?」
「違う!私は、私の意志で…!」
 短剣の先が小刻みに揺れる。ラノムはスルーハンの心を見透かしたかのように、美しい瞳で彼を追い詰める。
「そんなの言い訳よ。…どんなに足掻いたところで、あなたは所詮『人殺し』―」
「黙れぇっ!!」
「…駄目!!」
 振られた短剣がラノムを傷つけることはなく、彼女は床に突き飛ばされていた。
「…サラシャ大尉……」
 半分無意識下での、一瞬の出来事。
 スルーハンは呆然と、目の前に佇む女性の名を呟いていた。
 声が、短剣を握る手が微かに震える。
 とっさにラノムを突き飛ばしたマルノフォンは、荒い息でスルーハンの短剣を両手で掴んでいる。しかしそれは完全でなく、彼女の左頬には深く長い傷がつき、そこから血が流れ出ていた。
「…こん、な……こんな人の…」
 頬の肉を抉られた痛みに顔をしかめながら、マルノフォンは何とか声を絞り出した。口の中に血の味が広がっていく。
「こんな人のために、司令が手を血で濡らすことなんて意味のないことです!やめて下さい!」
 マルノフォンは一気にそこまで言うと、驚いて力を抜いたスルーハンの手から短剣を抜き取り、それを投げ捨てた。血の付いた短剣が音を立てて艦橋の床に転がる。
 マルノフォンはそのまま床に座り込んでいるラノムの腕を掴んで彼女を立ち上がらせた。拳を握り締めたマルノフォンの目には悔し涙が浮かんでいる。
「代わりに私が殺してやる、とは言えません。あなたがプロティアに必要な存在だというのは理解しているから。でも、あなたは多くの味方を持つと同時に、多くの敵も抱えなければならない。…少しでも生き長らえたいなら、あなたの発言が時に敵を増やすということ、覚えておいて下さい…!」
 ラノムはつまらなそうに彼女を一瞥すると、突き飛ばされた肩をさすりながら艦橋を出て行った。
「死ぬことなんて怖くない。……私の代わりなんていくらでもいるのだもの」
 ラノムは去り際、そう言って虚空を見遣った。彼女が出て行くと、ノルマットの艦橋に奇妙な静けさが訪れた。
「…司令、大丈夫ですか…?」
 マルノフォンは切られた頬を押さえ、立ち尽くしているスルーハンに声をかけた。彼は青白い顔で彼女を見ると、震える指先をマルノフォンの頬へ差し伸べる。背後で艦橋のクルーが慌てて医療ロボットを手配していた。
「君こそ、大丈夫か…?すまない、私は……」
 幸い、頸動脈まで傷つけずに済んだようだ。自分の不甲斐なさで、こんな風に部下を傷つけてしまうとは―。
「司令は何も悪くありません。それに…今の私達に立ち止まっている暇はないですよ」
 自責の念にかられるスルーハンの目を見つめ、マルノフォンは大きく首を横に振った。深い青色の瞳で艦橋の前方、宇宙を見遣る。
「…そうだな。今はただ『生きなければ』。迷うことはいつでも出来る」
 マルノフォンの血を見て思い出した。自分達は生きている。造られた命であってもそれは普遍であり、それを貫くことで自分を証明出来る。客観的意見などこの際必要ない。今はとにかく利己的にでも進まなければ。更に先まで生きるために。
「全艦、前進。話し合いでの解決が望ましいが…決裂した場合には戦闘も考慮せよ」
 スルーハンは指揮杖を力強く前に振った。


「ラルネさん…艦隊が飛び立っていったわ」
 行政委員会本部内の簡素な一室で、シオーダエイルとネイティは何かを待たされていた。重そうな扉の前にはヴェーズが立っていて、一瞬の隙もない。一つだけ与えられた窓から外を眺めていたシオーダエイルの瞳が、第二艦隊の出撃を捉えていた。ネイティもそちらを見遣り、目を細める。
「ふむ…トルヘイン。第二艦隊だな。確か…チーヌズベル准将が司令官だったか」
「チーヌズベル?……ウランの…」
「ああ、准将は彼女の弟だったはずだ…」
「そう、弟がいたのね。知らなかったわ」
 シオーダエイルはかつて共に戦った仲間、ウランベリア・リオンザ・チーヌズベルのことを思い出した。
 人形のように整った容姿と物怖じしない行動力。プロティアの優良種であるシオーダエイルでさえ、彼女の優秀さには一目置いていた。当時まだ士官学校の特待生という身分であったにも関わらず、アルソレイから直々にEDF部隊に引き抜かれただけのことはある。何よりシオーダエイルにとって印象深いのは、ウランがエルステン人でありながらプロティア人を嫌わなかったことである。それどころか彼女は持ち前の好奇心をシオーダエイルや彼女の夫カオスに向けていた。
「…彼女はとても良い子だったな…」
 ネイティはそう言って溜め息をついた。シオーダエイルも頷く。
 全ての悲劇は八年前に起こってしまった。
 多くの命が失われた―。
「アーベルンさん、ラルネさん…」
 回想にひたっていた二人は、自分達を呼ぶ声に振り返った。いつの間にかヴェーズの横に、スーツを着た中年の女性がしとやかに立っていた。
「…副長…?」
 シオーダエイルは細々とした記憶を頼りにそう呟いた。かつてEDFの副長を務めていたその女性は悲しげに薄く微笑むと小さく頷いた。
「お久しぶりね。変わりなさそうで安心したわ」
 そんな当たり障りのない会話を振りながら、彼女はゆっくりと二人に近づいた。ネイティがやや警戒した様子で視線を強める。
「あなたは変わりましたな。退役なさっているとは思っていたが、まさか政治家になっていようとは…」
 ネイティは女性の胸元についた議員バッジを見ていた。
「ドクリズさん…あなたも隊長に呼ばれたのですか?…それとも私達を、呼んだのですか?」
 シオーダエイルの問いに、アーリア・ディミオ・ドクリズは答えなかった。ただ曖昧に微笑んでいた。
「道中疲れたでしょう?…この子達が無礼を働かなかったか心配だわ」
 アーリアはヴェーズに視線を移した。ヴェーズは特に気に止めない様子で、表情をまるで変えない。ネイティが彼女を気味悪そうに一瞥した。
「エルステンには随分と進んだ兵器があるのですな。フォルシモ家の作品ですか?」
「今はそういうことになっているけれど、雛形を造ったのはルーズフトスという科学者よ」
 造物主の名を聞いてヴェーズが一瞬瞳を動かした、ようにシオーダエイルには見えた。悠長にヒュプノスの説明を始めたところから察するに、アーリアは無理矢理誘拐されてここにいるという訳ではなさそうである。
「話してくれませんかな、なぜ我々がここに連れてこられたのか」
 ネイティがアーリアにやや強い口調で迫る。彼女はすいと視線を外し、どこか遠くを見遣った。
「八年前の因縁を、今ここで決着させるために…」


 接近してきた二つの艦隊を前に、クリスベルナは落ち着いていた。暗いはずの宇宙が人工的な光に染まっていく様子に彼は不思議な感覚を覚えた。自分もその光のうちの一つであることには違いないが、なぜだろう、ひどく不安になる。恐れているのか。それとも、喜びに震えているのか。
「敵艦隊、速度を緩めません」
 クルーの声に、クリスベルナは眉一つ動かさなかった。
「命令でプロティア人を討つことを許されるなど、考えたこともなかった…」
 彼は艦橋の中央で独り呟き、鋭利な瞳を窓の向こうの船達に向けた。
「今日の私は機嫌が悪い。一機として逃すものか」
「司令、まもなく敵艦が射程に入ります」
 砲撃手の声に、クリスベルナは片手を上げて応えた。その手が下ろされた時が第一撃の合図なのだと、砲撃手は知っている。緊張した面持ちでコンソールに手をかけた砲撃手の顔は汗で濡れていた。撃ってしまえば、もう戻れない。そのことが、極限の緊張感を生み出す。
「第十七艦隊、射程に入りました」
「全艦、攻撃開始」
 艦橋に高まった緊張感とは対照的に、静かにそう告げたクリスベルナは、優雅に片手を下ろした。

「第二艦隊より量子砲の発射を確認!」
 通信士の言葉に、スルーハンは慌てなかった。
「宣戦布告も何もないのか。…全く、最近の若者は礼儀というものを知らんな」
 彼はゆっくりと司令席から立ち上がると、まず第九艦隊を遥か後方に下がらせた。そして自分の艦隊の宇宙船にはなるべく攻撃を避けるように指示を出す。
「これでは補給がままならなくなります。よろしいのですか?」
「どのみちそんな暇はないだろう。補給は戦闘を終えてからすればいい」
 念のため確認したマルノフォンに対し、スルーハンは面倒そうに答える。その口ぶりから、負けることは考えていないようである。
「我々も行動を開始する。全艦、分散隊形。突撃艦が先行して敵の層を前線から徐々に始末していく。決して後手に回るな、目の前の敵を残らず駆逐して見せよ…!」
 呪われた遺伝子を持つ男は淡々とそう告げた。マルノフォンは矢継ぎ早に出される指令を他の艦に知らせるなどの処理に追われながら、スクリーンに映し出された陣形を確認した。前回、銀河同盟軍の艦隊を破った時のように上手くはいかないようだ。こちらの出方を把握していると言ったように、第二艦隊も巧みに陣形を変えてくる。
「…ただの御曹司という訳ではないということか」
 スルーハンの声はどこか嬉しそうだった。
 スクリーン内の映像が激しく移り変わる。局地的に始まる戦闘で、敵味方、双方の艦が次々に消えていく。互いの機動力は互角ということらしい。
「無理に戦線を切り崩して突破してくるわけではないのに、自分達の損害を気にせず潰し合ってくる…。これでは消耗戦になります。こんなの、向こうにとっても何の意味もない戦闘じゃないですか」
 堪りかねたマルノフォンがやや苛立った声をあげる。スルーハンは敵の動きを落ち着いた様子で眺めていた。
「それが狙いだったのかもしれんな。見てみろ、隙がない。なかなか狡猾な指揮だ、敵ながら感心してしまうな」
「相変わらず、冷静ですね…」
「焦っても仕方がないだろう」
「ええ、まあ…そうですけれど」
 やっぱりこの人はわからない…。マルノフォンは呆れて肩を落とした。


「味方の位置、特定出来ました!」
「遅い!」
 息を切らせて司令室に走り込んだアランに向けられた声は、ねぎらいではなく叱責だった。退屈そうに指先で柔らかい桃色の髪を遊ばせていたルイスがさも幻滅したといわんばかりにアランを見る。
「貴方はもっとお仕事の速い方だと思っていましたのに…あたくし残念ですわ」
「お言葉ですが、命令を受けてからまだ十五分しか…」
「で?報告していただけます?」
 アランの言葉を無下に遮り、ルイスは立ち上がって小さく伸びをした。アランは少々納得がいかなかったが、今更腹を立てても仕方のないことなのでそのまま素直に報告を始めた。
「第九及び十七艦隊の信号を、進行方向六光年先に捕捉しました」
「あら、意外と近くにいらしたのね。でも六光年先じゃ、通信は出来ませんわ。…でも、貴方のことですから、既に状況はわかっているのでしょう?」
「はい。現在両艦隊、というより第十七艦隊が、エルステンの第二艦隊と交戦中です」
 予想外の展開に、しばらくルイスは何も言えなかった。つい先日、銀河同盟軍によるプロティア侵略を食い止めるために協力関係にあったばかりの第二艦隊が、今度はあっさり敵対しているとは。さすがの彼女もこれには困惑せざるを得なかった。
「本当によくわからない星ですこと」
 ルイスはぽつりとそう言って、アランに背を向けた。
「オーパーツの盗難、暴走。同盟軍の最新兵器。EDF、誘拐…。全ての事象が、あの訳のわからない星に関係していそうな…そんな気がしてきませんこと?」
「……はい、私も司令と同じ考えです。ただ…」
 どこか歯切れの悪いアランの言葉にルイスが振り向く。
「これがエルステン単独による事象であるとは言い切れないのではないでしょうか。何年、何十年という時間を経て、特にプロティアとエルステンの間で亀裂が深まっているように、連邦全体にほころびが生じてきているのでは…」
 アランは淡々と告げる。ルイスは途中で視線を逸らした。
「…もしそうだとしたら、政局も、戦局も…大きく変わりますわ」
 カナドーリアが消滅してからというもの、停戦していたと思われるほどに静かで平和に思えた時間は、消え失せてしまった。
 何度も繰り返されてきた戦争がまた新たな局面を迎えようとしているのか。しかも、これまで味方だと思っていた惑星を敵に回して。
「アーベルン司令と通信を。…エルステンが本当に信用出来ない星だとわかった今、慎重に行動すべきですわ」
 アランが退室した部屋でルイスは一人窓際に立ち、黒い星の海を見上げた。
「お父様…」
美しい長い睫毛を伏せ、ルイスはエルステンへ連行された父を想った。