Gene Over│Episode5赤きヒトの涙 03迷走

 そこは冷たい風が吹いていた。タラップから降りてそれを感じた瞬間、シオーダエイルは軽く身を抱いた。すぐ目の前を歩いていくフィオグニルは寒さなどまるで感じないといった様子で銀色の髪をなびかせていた。
「遅かったな」
 低い声が耳に入り、シオーダエイルはフィオグニルの向こうに誰かがいることを知った。横から覗き込むと、そこにはフィオグニルと良く似た長い銀髪を持つ赤い目の青年が立っていた。彼もヒュプノスらしい。奥にあと二つ人影が見える。
「すまない、No.5。予定時刻をオーバーしてしまった」
「…行政委員長がお待ちだ。行くぞ」
 No.5と呼ばれたヒュプノスは淡々と言うと、踵を返した。その後に続いたのは金髪の若い女性と中年の男性である。シオーダエイルは男性の横顔を見て声を上げた。
「ラルネさん!?」
 彼女の声に、男性が振り返る。それは間違いなく八年前シオーダエイルと同じEDF部隊に所属し、現在はダスロー軍の司令長官となっているネイティ・デア・ラルネ大将であった。
「アーベルン君…!君も捕まったのか!?」
 ネイティがシオーダエイルに駆け寄る。ヒュプノスはそれを制するわけでもなくその場に立ち止まった。
「一体こいつらは何なんだ。突然うちの司令部に乗り込んで来たと思ったらあっという間に制圧しおって、気付いたら私だけエルステンに連れてこられて…」
   ネイティは銀髪の男性型ヒュプノスと金髪の女性を睨んだ。シオーダエイルは彼をそっと宥める。
「彼らは人間ではありません。目的はわかりませんが、EDFのメンバーを集めているそうです…」
「EDFのメンバーだと?生き残っているのは我々を含めて四人しかいないじゃないか。一体何のために…」
 その時、ゴートホーズからシオーダエイルの後を追って降りてきたドーランとエルナートがフィオグニルの向こう側にいるヒュプノスを見て息を呑んだ。
「ロイゼン、それにヴェーズじゃないか…!」
 ドーランの声に、No.5ロイゼンとNo.8ヴェーズが振り向いた。ネイティの傍を歩いていた金髪の女性もヒュプノスであった。
「No.4とNo.7…なぜここにいる?お前達は無関係だろう」
 ロイゼンが冷たい視線を二人に送った。その言葉にエルナートが進み出る。
「一体何を言っているんだ、ロイゼン…。お前達もフィオグニルのように何かバグでも発生して…」
 言いかけたエルナートの頬を、不意に熱いものが走った。立ち止まり頬に触れると、赤い筋が出来ていた。横目でヴェーズを見ると数本のナイフを構えている。
「ヴェーズ…何を…」
「黙りなさい。あなた達二体は私達とは違う。任務の邪魔をするなら機能停止してもらうしかない」
 後ろで銃を構える音が聞こえたので、エルナートは慌てて振り返った。ドーランがヴェーズの頭部に向けて銃を向けていた。ただしその手は大きく震えている。
「ちっ…やっぱ撃てないか。教えろよ、何でお前らはデリートシステムもないのに俺達を攻撃出来る?胸くそ悪いんだよ!」
 ドーランは苛立った様子で銃を投げ捨てた。ヴェーズはそれを見ながら冷笑を浮かべている。ロイゼンは何も出来ないドーランとエルナートを見下し、興味を失ったように振り返って歩き出した。
「Ωシステム試験体に選ばれなかったことを悔やむんだな。行くぞNo.8、時間の無駄だ」
 フィオグニルとヴェーズはそれぞれシオーダエイルとネイティの腕を無理矢理引くと、ロイゼンの後を歩いていった。
「Ωシステム…一体どんなものだというんだ…」
「知るかよっ!」
 悔しさに拳を震わせるドーランに駆け寄り、四人が去っていった方を見遣ったエルナートは眉を顰めた。

「一体どこまで行くつもりなんだね?」
 途方も無く長いエスカレータの手すりに寄りかかり、人工的で殺風景な周囲を見ていたネイティが不意に口を開いた。一番前に立っているロイゼンはその声に振り向きすらしなかったが、ヴェーズは風に揺られるその美しい金髪を払って彼の方を見た。
「行政委員会本部よ。我々の任務はあなた達二人を行政委員長の元へ連行すること」
 彼女は流暢なダスロー語で問いに答えた。彼女には他星の言語があらかじめプログラムされているらしい。シオーダエイルはあまりダスロー語が得意でないので、早口の言葉は断片的にしか聞き取れなかった。
「行政委員長…誰だね、それは?」
「アルソレイ・リオナシル・フォイエグスト。エルステン宇宙軍の司令長官にして、行政をも統べる者」
 ヴェーズの淡々とした言い草に、ネイティとシオーダエイルは互いの顔を見合わせた。行政部と軍部を同一人物が指揮していることへの驚きもそれに含まれていたが、何よりその人物が二人の知人であることに驚いた。
 アルソレイ・リオナシル・フォイエグストは二人が所属していた軍の特殊部隊EDFの隊長であった人物なのだ。
「八年前からエルステンの軍部とは疎遠になってしまっていたが…まさかフォイエグスト隊長が行政委員長になっていたとは…」
 ネイティは当時のアルソレイを回想していた。代々軍人の家系に生まれ見るからに無骨といった雰囲気をかもしだしていたエリート士官。EDF(E Defend Force)の提唱者であり、発足時に自ら進んで隊長に志願した。当時、連邦内でトップクラスの軍事力を持っていた第五、第六宙域と第一宙域は密接な関わりがあったためアルソレイはEDFの司令塔メンバーとしてエルステン、プロティア、ダスローの三つの惑星の軍人から特に優秀と認められる者を召集した。
 その中にはもちろんネイティやシオーダエイルとその夫カオス、そして現在第五艦隊に所属しているチアースリア・アロラナール准将の伯父である人物も含まれていた。
「………」
 ネイティはシオーダエイルが青白い顔をして眉間を押さえていることに気付いた。
「アーベルン君…具合でも悪いのかね?」
 シオーダエイルは大丈夫と言って無理矢理彼に笑いかけたが、依然辛そうに頭を押さえている。
「(この頭痛…何なの?EDF…フォイエグスト隊長……そして、E-ユニット…私、とても大切なことを忘れている…?)」
「到着した」
 無感動な声が聞こえたのでシオーダエイルは頭を押さえたままロイゼンの方を見た。エスカレータの終わりが近づいてきていた。その先に大きな施設がそびえ建っているのが見える。あれがエルステンの行政委員会本部ということなのだろう。
 人工惑星であるエルステンは大気というものを持っていないため、内部は惑星というよりは巨大な球体のドームのようなものである。四人が乗っているエスカレータも、目の前に建っている施設も、そのドームの内側に存在するので生物が生きていけるように人工的に空気が満たされているとはいえひどく窮屈なものに思える。
 えも言われぬ圧迫感を感じながら、シオーダエイルとネイティはエスカレータを降りロイゼンとヴェーズに言われるまま行政委員会本部へと足を踏み入れた。


 もう両親の顔なんて覚えていない。
 僕という人格は、一度彼らに『殺され』たんだ。
 でも、お父さんのことも、お母さんのことも、恨んではいないよ。
 幼い人間には、自らが生きていく場所なんて自分で選べない。
 僕は他人より少し運がなかっただけ…。
 人は、弱いから。
 あんなにちっぽけな白い粉で、人生なんて簡単に壊れてしまうんだ。
 お父さんとお父さんが壊れていくのを一番近くで見ているのは辛かったけど、同じくらい僕自身も壊れていて、全ての分別がわからなくなっていた。
 こんな罪深い僕だから、故郷から遠い宇宙へ連れ出された時、誰にも知られないまま存在を消されるのだと思っていた。
 ケルセイに着いてからしばらくの記憶は、ものすごく曖昧だ。
 ニーセイムのお母さんが色々と面倒を見てくれたけど、僕は外界に対して心を開けず、訳もなく暴れたり、自分自身を傷つけたりしていた。
 理由もわからず恐怖が全てを支配して、いっそ死んでしまえばと思うのに、死ぬこと、永遠の暗闇が怖くて、眠ることすら出来なかった。
 『壊れた』僕の心―。
 取り戻してくれたのは、シエスタだった。
 初めて接触したときから、シエスタは僕の心の奥深くへ入り込んだ。
 癒すわけではない、諭すわけでもない、ただ、ただ入り込んできた。
 人ではなく、物でしかない不可思議な存在なのに、シエスタに寄り添われていると、とても安心出来た。
 接触する度、シエスタは僕にしかわからない言葉で、次々と語りかけてきた。
 シエスタの言葉に応えたくて、僕は必死に感情を、言葉を思い出した。
 気付くと、身近なケルセイの人達とも話が出来るようになっていた。
 ニーセイムと、ユグル院長と、ディールと…。
 ディールのことを初めて『認識』出来た日のことは忘れないよ。
 気難しげに、全ての恨みをぶつけてくるような瞳で、僕を見ていたよね。怖いと思う前に、なんだかひどく申し訳なくなって。でも、突然謝った僕に、君は怒鳴ったよね。
 君が僕のことを本当はどう思っているのかわからない。
 面と向かって聞けない弱虫な僕に、実は辟易しているのだろうね。
 でも、僕は―。
 …僕は、友達だと―。

 目が覚めると周りに無数の監視カメラが置いてあった。白張りの清潔感漂う室内を見渡し、レイトアフォルトはその場に起き上がった。
「目が覚めたんですね」
 背後のスライドドアが静かな音をたてて開き、白い軍服を着た青年が室内へ入ってくる。眼鏡をかけたスーツ姿の青年が彼の後ろに控えている。軍人の方の青年を、レイトアフォルトは知っていた。
「セフィーリュカの…お兄さんだよね?」
 後ろに立っている青年がゼファーに耳打ちする。どうやら彼は星間通訳のようだ。ゼファーは伝えられた言葉に頷いて見せた。
「あなたが妹達を連れて宇宙に行って、僕も軍務で宇宙に来ました。しかし、その途中で謎の現象に見舞われ今なぜか第一宙域に強制転移させられてしまいました。…単刀直入に聞きます、あなたは…いえ、あなた達は一体何をしたんです?」
 尋ねるゼファーの語調は必ずしも穏やかではなかった。レイトアフォルトは眠そうな目をほんの少しだけ見開いた。
「…ディールは…生きているの?」
「転移先で二機の宇宙船を発見し、我々宇宙連邦軍第五、第六連合艦隊が拿捕しました。もう一人の方は重傷で、現在手術中です。あなたは…ほとんど錯乱状態に近く、うちのクルーにも負傷者が出たためやむなくここに監禁させてもらいました。悪く思わないで下さい」
 ゼファーが後ろに控えている星間通訳を一瞥する。青年、ヨハンジーズの頬に薄い絆創膏が貼られていた。ヨハンジーズは特に気にせず、淡々とゼファーの言葉をシレホサスレン語に翻訳してレイトアフォルトに伝える。
「……ごめんなさい…」
 レイトアフォルトは自己を見失ったことによりシエスタ及びロズベルの暴走を引き起こしたことを思い出し、深く頭を下げた。ゼファーは溜め息をつくと、彼に歩み寄った。
「別に謝ってほしいわけじゃない。ただ、聞きたいんです。妹は、姉は…皆、無事なんでしょうね?」
 ゼファーに問いただされ、レイトアフォルトは俯いた。ケルセイに残してきた四人がニーセイムやコアルティンスによって脱出出来たという事実を彼は知らないのだ。
「……」
 明言しない彼にゼファーは突然掴みかかった。後ろで控えていたヨハンジーズが慌てて手を伸ばすが、普段の穏やかな彼からは想像も出来ない力強い瞳を横から見て一瞬躊躇した。
「もし皆に何かあったら、僕はあなたを許さない!…元から信じていたわけじゃないんだ、他の星の人間なんて!これ以上家族が奪われるようなことがあったなら、僕は全てを許せない。絶対に、許さない…っ!」
 父を亡くした心の隙間を埋めるため、残された家族は少なくとも八年の時を要した。いや、未だに隙間は埋められていない。全員の脳に記憶は染み付き、胸に悔しさとやるせなさと憤りが燻っている。
「アーベルン司令!」
 ヨハンジーズに止められ、ゼファーは初めて自分が相手の腕を血が滲むほど掴んでいたことに気付いた。緩慢に手を離すと、レイトアフォルトは特に痛がる素振りを見せるわけでもなく、虚ろな瞳で俯いた。ゼファーは奥歯を噛み締め立ち上がると、彼に背を向け歩き出した。
「すみません、冷静さを欠きました…。また後ほど、ゆっくり話を」
 レイトアフォルトは返事をしなかった。
 スライドドアが再び小さな音をたてて閉まった。
「ディール……」
 自身の震える両手を見て、レイトアフォルトは自分の抱えた罪の重さを実感した。そして、自らもまたゼファーと同じように『家族』のため戦っているのだということを思い出した。
「……………リゼッティシア…」

 ゼファーとヨハンジーズが第五艦隊所属救護艦ナーシア内の廊下を歩いていると、ナーシアの中心施設である大医務室の前のソファにシェーラゼーヌとチアースリアが座っているのが見えた。二人はゼファーに気付くと立ち上がって敬礼した。
「まだ手術は続いている?」
 ゼファーは尋ねながら医務室のガラス扉の一番奥に灯っている赤いランプを見遣った。チアースリアが携帯端末の時刻を見る。
「ええ。人手が足りないようで、先ほど我々もナノ皮膚移植プログラムの構築を手伝わされましたよ」
「そんなに皮膚の損傷が?」
 ゼファーが眉をひそめる。シェーラゼーヌは俯いて片手を口元にあてがった。
「損傷なんてものではないです。全ての臓器、組織、骨や神経に至るまであの宇宙船と直接結線されていたんですから…。ナノ皮膚で傷口を全て塞いだら彼の生身の皮膚など三十%にも満たないのでは…」
「う…」
 ゼファーの横で話を聞いていたヨハンジーズが青い顔で呻いた。それに気付いたシェーラゼーヌが慌てて彼に謝る。
「ご、ごめんなさい。ヨハンはこういう話が苦手なのよね…」
「なんだ、ヨハン。まだそんな情けないことを言っているのか?お前は宇宙軍の星間通訳なんだぞ、こういう話題にもついていけないと困るだろう」
「…申し訳ありません、兄上」
 厳しい兄から咎められ、ヨハンジーズは恥ずかしそうに頭を下げる。
「気付かなくてごめん、ヨハン。色々と連れまわしちゃったけど、先にロードレッドに戻って休んでいてくれていいよ」
「了解しました…失礼します」
 ゼファーに言われて、ヨハンジーズは廊下をそのまま直進していった。それを見送りながらチアースリアがため息をつく。
「シェーラも司令も、ヨハンを甘やかさないでいただきたい。あいつのためにならない」
 呆れるチアースリアに、ゼファーとシェーラゼーヌは顔を見合わせ考え込んだ。二人とも苦笑する。
「そうは言っても、人には得手不得手があるんだからしょうがないよ」
「そうよ。ヨハンに戦う力はないけれど、その代わりに素晴らしい通訳としての素質があるわ。あなたはそのことに否定的すぎるのよ」
「む…」
 二人に反論され、チアースリアは黙り込んでしまった。
「それで話を戻すけれど、彼は助かりそうなの?」
 ゼファーは手術中の青年について更に尋ねてみた。シェーラゼーヌは眉を顰めて手術室の方を一瞥した。
「何とも言えませんね。ここにフォルシモ研究員がいてくれたら、成功率も上がるかもしれませんが…」
「ラノムさんか。そういえば医師の免許も持っているんだよね」
「普段の様子を見ていると絶対に治療して欲しくないが…」
 チアースリアのうんざりしたような言葉にゼファーとシェーラゼーヌは思わず笑ってしまった。妙に納得してしまう。
「今、彼女は第十七艦隊にいるんだったね」
「ロイエ司令は彼女に苦手意識を持っていると、以前言っていた…。おそらく副司令のサラシャ大尉が間を取り持っているのでは」
「マルノフォンさん、大変ですね…」
 さばさばした性格をした彼女のことだから心配はいらないのかもしれないが。シェーラゼーヌの同情の言葉に、他の二人も大きく頷いた。


 詳細な作戦行動がまだ煮詰まっていないのか、ルイスから未だ新しい命令を受けていないアランは、この隙を利用して、指揮する艦を失い旗艦でルイスの雑用同然に扱われ始めていたシレーディアを自らの艦メリーズに呼び寄せていた。様々な独自のルートによる情報収集を進めるためのサポートをしてもらうためである。
「まったく、ラルネ司令には呆れますね。まさか大佐に自室の窓拭きをさせていたなんて…」
「別に気にしてはいません。こんな殺伐とした状況ですもの、お掃除でもして気を紛らわせていた方が良いです」
 アランは、旗艦ヒューゼリア内でシレーディアを見つけた時の情景を思い出した。軍服の上着を脱ぎ、腕まくりをして雑巾を握り締めた彼女と目が合ったとき、思わず固まってしまった。頼む方も頼む方だが、請け負う方も請け負う方だと思う。親しみやすいことは結構だが、彼女にはもう少し王女としての自覚があった方が良いのではないだろうか。自らの境遇に腹を立てるわけでもなく穏やかに微笑む彼女に、アランはそんなことを思った。
 コンピュータのコンソールを物凄い速さで操作するアランの横で、シレーディアは彼のコンピュータから叩き出される膨大な情報を首を傾げて眺めながら、何とかそれをまとめようと苦戦していた。
「まあ、雑用をさせてしまっているのは今の俺も同じですかね。…よし、これで揃った。大佐、通信機の準備をお願いします」
「了解しました。ダイヤル085小型戦闘艇ワレストス、繋ぎます」
 数回の発信音の後、相手から反応があった。
「こちらワレストス。アラン、何かわかったのか?」
 デリスガーナーの声が通信機から聞こえるが、音量が小さくノイズも多い。
「少佐、今どこを航行してるんです?」
「第一宙域の惑星スミーテ付近だ。五分前に第二宙域から時空転移してきた」
「少佐は、あの転移に巻き込まれなかったのですね」
 シレーディアの呟きに、デリスガーナーは何のことかと聞き返してきた。アランは、自分達がブラックホールに飲み込まれて不可解な時空転移をし、第五宙域から一気に第一宙域にまで来てしまったことを彼に説明した。
「第五から第一まで!?そんな方法があったのか!実用化されたら便利そうだな…」
「ふざけたこと言わないで下さいよ、めちゃくちゃ怖かったんですから!」
 アランがデリスガーナーの言葉に怒り出す。シレーディアはそれを優しく宥めると、話を本題に戻した。
「それで、先ほど二機の不審な宇宙船を拿捕したのです。星籍は不明ですが、二人のクルーはシレホサスレン人だということです…」
「その転移と宇宙船とにどんな関係があるっていうんだ」
「俺は、あの二機が転移に関与していると睨んでます」
 アランははっきりとそう言い、ワレストスのコンピュータに今まとめたばかりの情報を送信した。
「なんだ、この波形。…衝撃波?」
 送られたデータを確認したデリスガーナーは混乱しているようだった。
「それは転移の直前、メリーズの計器が観測した三つの波長データです。現在二機の調査が第五艦隊との間で進められているのですが、そのデータと同様の二つの固有波長が微量検出されるということで、俺の予測はほぼ間違いないでしょう。ただ、それより気になるのは残ったもう一つの波長です。どこかで見覚えがありませんか?」
「見覚え?…最近物覚えが悪くてなぁ…」
 デリスガーナーはそう言って苦笑した。アランは別のデータを彼の元に送る。
「以前も渡しましたが、そのデータはノジリス王家宝物庫においてタイムラナーの起動実験が試みられた際に得られたものです」
「………!」
 デリスガーナーは二つの波長を見比べ、言葉を失った。
「同じだ……。それじゃあ、まさかお前達はタイムラナーの力で無理矢理転移を?」
「多分、そうなんでしょうね。何らかの作用が働いて、タイムラナーの力が増幅されたんでしょう」
 シレーディアは窓の外に見える景色に眉を顰めた。二機の奇妙な形をした宇宙船が、第五艦隊の巡洋艦によって繋ぎ止められている。
「あの二機が増幅に関与したと考えるならば…あの二機もオーパーツということなのでしょうか?」
「クルーが一人ずつしかいなかったことを考えても、その考えはほぼ正解だと思いますよ、大佐。第五艦隊で治療を受けている二人が真実を話してくれれば手っ取り早く答えがわかるというものですけどね」
「クルーは二人共第五艦隊の方にいるのか」
「医療技術はプロティアの方が上ですから。それに…うちに置いたらラルネ司令がどんな拷問…尋問をするかわかったものじゃない」
「確かに」
 デリスガーナーは妙に納得すると、再びデータに視線を落とした。はっきりと示されたタイムラナーの存在。その背後にルドの存在も見え隠れする。しかし、同時に転移したとしたならば、なぜタイムラナー及びルドは二機のオーパーツの近くにいないのだろう。
 まあ仕方ない。このまま第一宙域を中心に探索を続ければどこかできっと捕捉することが出来るだろう。
「何だか振り回されてばかりだ…。でも、第一宙域に的をしぼって調査していけばどこかで見つかるかな」
 デリスガーナーは一時停止させていたワレストスを改めて作動させると通信を切った。
「少佐は楽観的だなぁ」
 アランが呆れる横で、シレーディアは窓の外に見える二機の宇宙船をじっと見つめていた。
「オーパーツ……」
「ノジリス大佐?」
「ルドは、巻き込まれただけですよね…?あの子がこんな事件を引き起こしたなんて、そんなことはないですよね…?」
 長い金髪が俯いたシレーディアの顔を隠す。アランは彼女を慰める言葉を持ち合わせていなかった。