Gene Over│Episode4人間の尊厳 10超転移

 それは、『闇』と呼ぶにふさわしい場であったろう。
 きっと外に出ればいかなる原子でさえも深い眠りにつくのだと思う。アロースティルの照明が不気味に明滅する度、自分の肩を抱いたセフィーリュカは小さく身を縮めた。寒くもないのに震えている。
 今この船は前進しているのか、それとも後退しているのか、もしかしたら静止しているのかもしれない。
 判断出来ない。
 認識出来ない。
 気の狂いそうになるような空間で、確かに隣で座っているフェノンの存在だけがセフィーリュカを支えていた。
 気を抜くとそれさえも不安の要素になりかねない。
 人工物として存在する彼女は、人間である自分と違ってこの空間にいることを許されたのかもしれない。
 でも自分はここにいてはいけないのかも…。
 ああ、もう嫌だ。
 何もかもなくなればいい。
 自分の身も、心も、全てが闇に溶けてしまえたら―。
 セフィーリュカが自己を放棄しようと思いかけたその時、アロースティルが急に傾いた。とっさにフェノンが腕を掴んでくれなかったら、セフィーリュカは座席からすべり落ちていたことだろう。リフィーシュアが船体を元に戻そうと操縦桿に力を込めるが、アロースティルは全く言うことを聞かなかった。
「どの機関も正常に動いてるのに…何なのよ、これ!?」
 コアルティンスは船体に備え付けられたシールドのレベルを設定し直すと、シェータゼーヌの横に駆けて行って計器を見遣った。
「強力な重力に干渉されています。いや、違う…これは引力!?」
 明確な数値、結論は叩き出せなかった。この現象はこれまで人類が味わったことのないものであろうし、またこれから先味わうことがあってはならないものであろう。誰もがそのことを肌で感じていた。アロースティルは、抗うことも許されないまま猛烈な速さでどこかに導かれようとしていた。
 不意に、セフィーリュカは通信機に異常が表れたことに気付いた。ずっと周囲の特殊電波を受け取ろうとしていた機械が急にその音質を変えていた。それを報告するとコアルティンスは、原因は一つだろうと言った。
「宙域が変わる時にその現象が起きます。つまり…どこかに強制転移させられるのでしょう」
 コアルティンスの予想は当たった。突如前方に非常に巨大な時空の歪みが現れたのである。
「なっ…あんな大きさの穴、普通の時空砲じゃ開かないわよ…一体誰がどうやって…」
 リフィーシュアが不安そうに呟く。だが、その問いに答えられる者などいるはずもない。彼女は皆を見回した。意味がないことはわかっているが、改めて操縦桿を握り締める。
「突入していいかしら?…と言っても、勝手に入っちゃうでしょうけど」
 全員が頷く。永遠にこの闇を彷徨うことになるよりはずっと良い。
 天国への架け橋ではありませんように…。リフィーシュアは自らの意志で握った操縦桿を見つめた。
 ズズ…と何かに引きずられるように、アロースティルは歪みに飲み込まれていった。
 強化ガラスの外に広がるのは子供が異次元を抽象画にしたような奇妙な色の世界。前進を止めることは出来ないのに、前進する毎に船体が上下左右色々な方向に揺さぶられる。いくら小さい宇宙船だとしても、ここまで船体に負担をかける時空転移は知られていなかった。
 まるで永遠のように長く感じられた時間。でも恐らく実際には数十秒しか経過していないのだろう。不意に揺れがおさまった。
 セフィーリュカは必死に目の前の機械にしがみついていた。掌がじっとりと汗ばんでいる。ゆっくりと目を開け、強化ガラスから周囲を窺う。
「……宇宙…」
 それしか言えなかった。
 今まで自分達がいた所も宇宙だ、などと思いたくなかった。
 帰ってきた。そんな気がした。
 一時的におかしくなっていた艦橋の照明も元通りに回復していた。しかし、ガラス越しにアロースティルの黒く厚い装甲が傷ついているのが見えた。
 時空転移がこんなに危険なものだなんて、聞いたことがない。自分達は一体どんな『道』を通ってきてしまったというのだろう。
 停止していたアロースティルが突然動き出したので、セフィーリュカが驚いて姉の方を振り返ると、彼女も驚いた顔で傾いた手元の操縦桿を引き上げた。
「急に舵がきくようになったわ…」
「ここ、どこ?」
 席から立ち上がり、背伸びをしてガラスの向こうに目を凝らすフェノンの姿がセフィーリュカの視界に入る。背後で計器を操作する電子音がした。
「座標…一七ニ……連邦第一、宙域の…はず、れ…」
 そう応えながら、シェータゼーヌは苦しそうに息をつくと、突然その場に蹲るように倒れ込んだ。
「シェータさん!?」
 セフィーリュカとフェノンが慌てて駆け寄ると、彼の一番近くにいたコアルティンスが彼を抱き起こしていた。操縦桿を離れられないリフィーシュアは首だけ伸ばして心配そうに様子を窺っている。
「大丈夫…ちょっと、立ちくらみがした、だけ…」
 コアルティンスの肩へ掴まりシェータゼーヌは立ち上がろうとするが、すぐにふらりとバランスを崩した。セフィーリュカは反射的に彼の額に片手を当てていた。じっとりと熱を帯びている。
「すごい熱…」
「おそらく、先ほどの転移の影響でしょう。一過性のものだと思いますが、横になっていた方がいい。キャビンへお連れします」
 コアルティンスはそう言うと、自分よりも身長の高いシェータゼーヌを肩に背負った。予想外に軽かったらしい、そのまま誰の助けも借りず艦橋を出て行った。
「大丈夫かな…」
 セフィーリュカはそれを心配そうに見送った。リフィーシュアがそんな彼女に声をかける。
「あんたは大丈夫なの?時空転移は普通の状態でも人体に影響を与えかねないものなのよ。特別な訓練も受けずにあんな転移して…」
「私は大丈夫。何ともないよ」
「…さすが父さんと母さんの子ね」
 あえて『さすが私の妹』と言わなかったのは、リフィーシュア自身時空転移が苦手であり、現在も万全の体調と呼べる状態ではないからであろう。船酔いに近い吐き気を僅かながら感じる。
「さて…第一宙域へ来たのはいいけど、どうしたらいいのかしら。とりあえず情報が欲しいわ。あのブラックホールのこととか、宇宙連邦軍の艦隊のこととか…」
 溜め息をついたリフィーシュアは気持ちを切り替えると、あまり訪れない第一宙域の中で知っている範囲を頭の中で思い描いた。近くに惑星がないだろうか。考えている途中でコアルティンスが艦橋に戻ってきた。
「博士、シェータお兄ちゃんは?」
「大丈夫。眠ってるよ」
 緊急時用に保管してあった薬が初めて役に立ったと彼は言った。確かに、プロティア特別種として健康な遺伝子を持つ彼自身病気になることは少ないだろうし、ヒュプノスに関しては言うまでもない。
「第一宙域については、あなたの方が大分詳しいわよね。どこへ向かうべきかしら?」
「ひとまず、アロースティルの修理が必要のようです。座標一七ニということは…ハインが一番近い惑星ですね。そこに入港しましょう」
 すっかり傷だらけになり、黒い塗装がはがれた愛機を見たコアルティンスは溜め息をついた。リフィーシュアにわかりやすいよう航路図を操縦席のモニターへ送信する。
 彼はふと、惑星ハインが自分の師であるチアキ・ルーズフトスの生まれ故郷であることを思い出した。最近次々と彼を襲う不幸な出来事が、全て彼女に関連しているような気がして、彼は背筋に悪寒が走るのを感じた。
 アロースティルは第一宙域に起きた大きな変異に気付かぬまま、ハインへとその黒い船体の頭を向けた。


「何かがおかしいわ…」
 かつて彼女がこれほど真剣な目で、真剣に話すのを聞いたことがある者はこの場にいなかった。誰もがその緊張した声に耳を傾け、心配そうな表情で首を傾げた。
 プロティア宇宙軍の第十七艦隊と第九艦隊は、比較的近い場所であの『闇』に引きずり込まれた。そして訳も分からず再び宇宙に転移させられた先はアロースティルと同様に第一宙域であった。
 直ちに状況の把握が図られたが、明確な結論が出るわけでもなく、ひとまずはぐれてしまった第五、第六艦隊との合流が急務とされた。彼らもおそらく同じ宙域で自分達を探しているだろう。プロティア圏の艦隊である自分達には、エルステン圏の艦隊の『縄張り』である第一宙域を好き勝手に飛び回ることは憚られる。あの気難しいエルステン人の軍艦がこれ見よがしに自分達を攻撃してくるなどということを想像しただけで恐ろしかった。仲間割れをしている場合などではない、などと言っても彼らには意味を成さないだろう。エルステンはプロティアを味方だなどと思っていないだろうから。
 そういう理由で、二個艦隊は未開の空間をひっそりと偵察するような慎重さで艦を進めていた。機器の整備を手伝う目的で第十七艦隊旗艦ノルマットに偶然搭乗していた兵器開発局研究員ラノム・セクレア・フォルシモは、転移の直後から艦橋の航路図を睨み続けていた。そして漸く、彼女は言葉を発したのである。
「何がおかしいのですか?」
 司令のスルーハンはこの非常時であっても、無駄に落ち着いた様子で定刻通りの休憩をとっていた。副司令として艦隊の全権を一時的に任されたマルノフォンは、不安がるクルー達を代表してラノムに問いかけた。ラノムはウエーブがかった美しい金髪を揺らして振り返ると、マルノフォンを手招きした。それに応じて彼女が艦長席を離れ軍服のマントを翻して短い階段を下りる途中、突然ノルマットに何かが衝突したような衝撃が艦橋を襲った。
「敵襲…?」
 手すりにつかまり、何とかバランスを失わずに済んだマルノフォンは小さく口の中でそう呟いていたが、今の自分達にとって敵とは何なのか、彼女にはよくわからなくなっていた。
「申し訳ありません。岩石に衝突してしまいました」
 航宙士が恥ずかしそうに謝った。マルノフォンは転移のショックでクルー達の連携が薄れている所為であろうと、オペレーターを見た。オペレーターがレーダーを読み落としたのだと思ったのである。しかし、年若い艦長に睨まれた中年のオペレーターは慌てた様子でかぶりを振った。
「レーダーに映らなかったのです、本当です!過去のデータでは、あんな大質量体はあそこに見受けられないのです」
 マルノフォンは言い訳を、と少し不快に思ったがそれ以上追求はせず、航宙士もオペレーターも咎めなかった。彼女はそのまま軽い足取りでラノムの元まで歩み寄ると、彼女が先ほどから睨んでいる航路図が映ったモニターを横から覗き込んだ。
「さっきのは、ただの時空転移ではないかもしれない」
 何を当たり前なことを言い出すのだろう。マルノフォンは少し驚いて天才科学者を見た。通常の時空転移は時空砲を装備した船が自ら宇宙に次元の穴を開けることで人為的に起こすものであって、あのように強制的であるはずがない。それに、あんなにおぞましい闇の中を突っ切るなんてことはない。それらのことを考えれば、先ほどの強制転移が普通でないことくらい、専門家でないマルノフォンにでもわかる。しかし、ラノムの言わんとしたことはそうではなかったらしい。彼女は意地悪そうな、しかし人形のように整った瞳をマルノフォンに向けた。
「宇宙船以外のものも転移する、なんてあなたに信じられるかしら?」
 それはいつものラノムではない。マルノフォンはそう思った。気の抜けた猫撫で声も、人を無条件に引き込む美しい笑みもそこにはなかった。あるのはただ、科学の『監視者』として宇宙の変遷を見守る鋭い瞳だけ。マルノフォンは何だか目の前にいるラノムが突然恐ろしく思えてきて、一歩後ろへ下がった。スルーハンへ抱く畏怖とはまた違う恐ろしさを感じる。
「意味が…わかりません」
 マルノフォンは漸くそれだけ言ったが、まるで自分の声でないような奇妙さを感じた。ラノムは薄く微笑むと、強化ガラスの向こう、先ほどノルマットが衝突した岩石を見遣った。マルノフォンも自然とそちらに視線を転じる。
「あの岩石…ここの宙域のものではないわ。あれは第五宙域にあったもの。私達と一緒にこちらに転移してきたのよ」
 ラノムは淡々と語り、髪を邪魔そうにかきあげた。
「まさか。フォルシモ研究員、あなたはあの転移によって宇宙船だけでなく、周囲にあった環境まで引きずり込まれたとでも言うのですか?」
 マルノフォンはほとんど夢を語るような曖昧さでラノムに質問していた。そんなこと、あるはずない。フォルシモ家の始祖、エミーレンス・フォルシモにより時空砲、そして時空転移の技術が開発されて以降百年以上経つが、宙域移動の際に周囲環境の移送は不可能であることは何度も実験がなされ、何度も証明されてきている。しかし、ラノムはマルノフォンの問いに笑うことも馬鹿にすることもしなかった。
「なかなか頭の回転が速いじゃない?β-U型も…α型に劣りこそすれ、優秀なのを認める必要があるわね」
 冷酷なフォルシモ家の女性は、そう言って値踏みするような視線をマルノフォンに向けた。
 我が一族のしたことは間違っていない。第一次遺伝子改造に成功した『優良種』達の子供世代である『α及びβ型遺伝素養』の持ち主はこんなにも優秀な判断力と人格を持ち合わせているではないか。ラノムは心の中で笑っていた。そう、これでいい。宇宙を平和に導けるのはこういう者達。そしてフォルシモ家はそれを影ながら調整してやればいい―。
「あなたの言う通りよ、サラシャ大尉。私達は宇宙の危機に巻き込まれてしまった。第五宙域のものが多く第一宙域に持ち込まれてしまったのよ。そうね…『超転移』とでも名づけようかしら。普遍を保っていたこの宇宙が変化した時、後に残っているのは崩壊のみ。そう…第一宙域は今、確実に崩壊への一途を辿っているのだわ…」
 あの憎いエルステンの愚か者共を巻き込んで―。
 ラノムは不気味に口元を歪めて笑うと、マルノフォンの横を過ぎて艦橋を出て行った。
「フォルシモ研究員…?」
 マルノフォンは、ラノムが全然見知らぬ人になったような錯覚に陥って、しばらく彼女の去った方を呆然と見つめていた。
 プロティア人は、彼女達によって管理されている―?
 今までそんなことを意識したことはない。この世に生を受けた普遍の事実を、運命を、特定の存在に定められたものであるなどと考えることなどなかった。
「(β-U型…)」
 マルノフォンをカテゴライズする遺伝素養。名前と同じ程度の重要性をもって、自分を定義づけるために必要な要素。でも、遺伝素養(こんなもの)が戸籍や身分証明書に刻まれているのはプロティア人だけ。
「(ロイエ司令は…)」
 時折、何かに迷っているように哀しげな瞳を見せることがあるスルーハン。プロティア人の中でも、決められた素養に縛りつけられ、能力を、立場を最も限局されているのは優良種だろう。生まれながらに優秀な力を持つ彼らを羨む者は多いが、彼らなりの苦悩があるに違いない。
「(…あなた達は、本当に正しいの?)」
 マルノフォンは心の中で、ラノムが出て行った艦橋の扉に問いかけた。


 目に見える脅威はないと判断したコアルティンスは、ハインに着くまでのささやかな休息を提案した。セフィーリュカとリフィーシュアは今まで色々なことで緊張しっぱなしであったので、反対する理由は見当たらなかった。リフィーシュアは自動航行システムに目的地を入力して操縦桿から手を離すと、疲労の隠せない様子で大きく両腕を伸ばした。セフィーリュカも一度深呼吸すると、少し名残惜しそうに通信機のヘッドホンを外した。フェノンだけは疲れを知らないといったように涼しそうな顔をして艦内に異常がないか点検してくる、と言って艦橋を駆け出していった。
「元気ねえ…」
 リフィーシュアはフェノンが人型兵器であることを忘れて彼女を見送った。コアルティンスが小さな声をあげて笑っている。こんな風に年相応の表情をした彼を見るのは初めてだ、とセフィーリュカは秘かに思った。
「さて、僕達は休みましょう。艦のことはフェノンに任せておけば心配いりませんから」
 コアルティンスは自分が造ったフェノンに大きな信頼を置いているようである。
「フェノンちゃんは休まなくて本当に大丈夫なんですか?」
 セフィーリュカが心配そうに尋ねると彼は頷いた。
「大丈夫、バッテリーで動いているなんてほど原始的な作りではありませんから」
 でも血液がオプションだというくらい原始的な作りではないか、とはさすがに返せなかったが、セフィーリュカはとりあえず納得することにした。リフィーシュアが欠伸をしながら二人の横を通り過ぎていく。
「キャビンっていくつあるの?」
「廊下を挟んで二つです。向かって左側の方にコルサさんが眠っていますので、お二人は右側のキャビンを使って下さい」
 説明されたことをきちんと理解出来ているものか、リフィーシュアは聞きながらもう一度欠伸をした。あいさつもそこそこに、ふらふらと艦橋を出て行った姉のことが心配になり、セフィーリュカは急いで後を追った。
「姉さん、ちょっと待ってよ!…すみませんフォルシモさん、おやすみなさい」
 出て行く直前にセフィーリュカが頭を下げると、コアルティンスも苦笑しながら会釈した。
「コアでいいですよ、セフィーリュカさん。おやすみなさい」
 姉妹が出て行くのを見送り、コアルティンスはフェノンが艦内の偵察を終えて艦橋に戻ってくるのを待った。自分が休む間にアロースティルをどのように管理していけばいいのかをきちんと教えなくては。どの程度の危険が迫ったら自分を起こせばいいのかをきちんと教えなくては。社会生活や戦闘、感情など多岐にわたるデータを蓄積させるためにと、第二艦隊へ派遣したのであったが、彼はフェノンに自分の口から伝えたいことがたくさんあった。彼女が自分の手元を離れてから妙な孤独がいつも彼を支配していた。
 でも今は違う。フェノンはきっと自分の元を離れないでいてくれるだろう。もう艦隊へ派遣もしないし、傭兵同然の私兵団へ派遣もしない。そんな権限は、もう自分にはないのだから。もう自分は…自由なのだから。
 フェノンが艦橋に戻ってくると、コアルティンスは自分の席で両腕を枕に眠り込んでいた。
「博士?」
 フェノンが声をかけても、彼は目を覚まさなかった。よほど疲れていたのだろう。たった一人でアロースティルを駆り、言葉もろくに通じぬシレホサスレンの機関にいたのだから当然だ。
 フェノンはきょろきょろと辺りを見回すと、艦橋の横に立てかけてあった色鮮やかな旗に近づいた。それはアロースティルがエルステン星籍の船であることを示す旗。フェノンにはその旗の表す意味などわからない。躊躇することなくそれを引き抜き、棒と布を傷もつけずに分離させると、布の方を引きずっていった。そして大きなその旗をばさりと翻すと、コアルティンスの背中に被せた。空気が通って寒くないようにと布の位置を整え、フェノンは満足そうに踵を返した。
 今までリフィーシュアが座っていた操縦席に腰掛ける。フェノンに宇宙船の操縦技術はプログラムされていない。操縦桿に触れないよう両手を行儀よく膝の上に載せて、待機する。
 自動航行システムによれば、ハインまであと八時間かかるらしい―。