Gene Over│Episode4人間の尊厳 07対抗

 プロティアの第五、第九、第十七艦隊及びダスローの第六艦隊はそれぞれの戦地を辛くも切り抜け、一所に集結していた。千を越える宇宙船が密集していたそこへ、突如謎の閃光が接近しているのを知らせたのは、第五艦隊の通信士エリルドース・カナティアであった。
 今後の動向について話し合いをしていた各艦隊の司令達はその議題を後回しにし、閃光への対策を練らざるを得なかった。閃光の軌道が不規則であることから、一度集合した艦隊を再び分散させ、各々で迎撃態勢を整えることだけを取り決め、それぞれの司令は前代未聞の脅威に対抗を始めた。
 ゼファーは艦橋に駆け戻ると、素早く部下達に指示を与え始めた。
「密集隊形解除!全艦、直ちに指定場所まで分散せよ!その後の指示は追って出す!」
 乱暴極まりないこの命令は、すぐに全艦に伝えられた。通信している時間にも閃光は近づいてくる。悠長にしている暇はない。移動後の行動を考えなくては。ゼファーは艦長席に復帰したシェーラゼーヌを振り返った。
「閃光のエネルギーと到達場所の特定を急いで!それと、指定時間内の移動に遅れた艦を随時報告!」
「了解しました!」
 元気の良い、いつも通りの声が返ってきたのでゼファーは少し安心した。
 目の前のモニターに早くも閃光の到達予想座標が送られてきたので、ゼファーは焦る気持ちを抑えてそれの解読と対策を考え始めた。艦の移動時間も考慮してみると、最初の閃光が、艦隊の一番前にいる艦と接触するまであと五分足らずしかない。
 到達座標を見る限り、計画的な砲撃ではないようである。飛んでくるという閃光の数も、場所によって多かったり少なかったりで、少ない場所に密集すれば或いは全ての艦が何の被害も受けないかもしれない。しかし既に移動は開始されている。今更大幅な移動場所の改変は出来ない。あとは迎撃するか、それとも避けるのか―。
「司令、エネルギー測定完了しました。レベルDを記録しています!」
 シェーラゼーヌがそう言いながらゼファーを見た。ゼファーは一瞬耳を疑ったが、今やそれくらいの出力をほこる兵器の存在を多くの味方の犠牲によって学んでいる。彼は取り乱すことなく、ただ彼女に頷いて見せた。
「(しかし、例の兵器から放たれた光は青白かったという報告があったけれど、今回はどうやら赤いみたいだ…。両者は同一か、それともまた別なのか…)」
 ゼファーは首を横に振った。今は細かい詮索をしている場合ではない。とりあえず規模がわかっただけで十分だ。ゼファーは指揮杖を振り上げた。
「これは銀河同盟軍の艦隊による砲撃ではなく、何らかの兵器による無差別攻撃或いは暴走事故による一過性の現象であると判断する。エネルギーの大きさから見てまず迎撃は不可能。各艦、敵前逃亡は恥だなどと考えず、閃光が接近したら全力で逃げろ!以上、健闘を祈る」
 全艦にこの指示は迅速に飛び交った。ロードレッドの細かい動きを指示するため操舵機器にゼファーが駆け寄った時、突然第六艦隊から通信が入った。スクリーンに映し出されたルイスはニヤリと意地悪そうに笑っている。
「逃げろなんて命令を受けるのは初めてですわ。まったく、貴方っておもしろい方ですわね」
 自分は至って普通の指示を出していたと思っていたので、ゼファーは恥ずかしそうに頬をかいた。隣で通信士が苦笑していた。
「ふふ…」
 非常事態だということはわかっている。でもそういう時こそ冗談でも言えるほど冷静でいたいではないか。ルイスは通信機のマイクを置くと優雅に髪をかき上げた。ルーゼルが横で冷や汗を必死に拭っている。
「逃げろと言われましても…自慢ではありませんが我が艦隊はこれまでそんなことはしたことがありません。どうすればいいのか…」
「あら、何を言っていますの?いつも同じ方法が通用するような戦闘はつまらないですわ。やっとおもしろそうな展開になってきましたわよ」
 ルーゼルはルイスの考えについていけず、深い溜め息をついた。
「お言葉ですが司令、あなたは艦隊指揮を私に任せきりではないですか。私としてはそろそろ正規の仕事にお戻り頂けると幸いなのですが…」
「そうですわね、今回の任務はオセイン中佐のようにお年を召した方にはお辛いかもしれませんものね」
 怒られるのを覚悟でルーゼルはルイスを咎めてみたのであったが、怒られるどころか逆に小馬鹿にされてしまった気がする。だが、それよりも彼にとってはルイスがきちんと司令として働いてくれるらしいことの方が何倍も重要であった。ルイスは思い切り指揮杖を前方に差し出すと、これまでの優雅な物腰からは考えられないほどきびきびとした様子で第六艦隊を指揮し始めた。
「全艦、分散隊形!近くを飛んでいるプロティアの艦にぶつかるような真似をなさったら許しませんわよ。偵察艦は特に索敵レベルを引き上げておくこと。さあ皆さん…無様だと思われるほどに逃げ回りなさい!」
 高笑いがヒューゼリアの艦橋に響く。果たしてこれでクルー達の士気が上がるのか…。操るべき艦もなく、所在なげにルイスの背後に控えていたシレーディアは、少し心配になりながら薄く微笑んでいた。

「まったく、忙しいことだな…」
 スルーハンは溜め息をついた。分散を始めている他の艦隊の様子を見ながら、自らの指揮する第十七艦隊も徐々に彼らと離れた場所へ展開させている。
「次々と面倒事が起こるのは勘弁だよ。俺達ももう若くないもんな」
 通信スクリーンの向こう側で、カーラインがあくびをしている。気を抜くなと叱ってやろうかと思ったが、スルーハンは彼を睨むだけに留めた。隣のスクリーンに映る、赤い閃光を見て目を細める。
「あの兵器からの攻撃なのだろうか…破壊する好機をみすみす逃していたのだとしたら、責任を感じるな」
「いや、あの兵器とは違うと思うぞ」
「…なぜそう断言出来るんだ?」
 尋ねると、カーラインは呆気にとられたようにスルーハンを見ていた。
「なぜって……勘だ」
「…勘、か。そうか」
 それなら仕方がない。そして恐らく、それは正しいのだろう。『先見』の能力を持つカーラインの勘が外れたことのないことを、スルーハンは幼い頃から見せつけられてきたのだ。
「(…そ、それで納得してしまうの?やっぱり、この人達ってわからないわ…)」
 二人のやり取りを艦長席で見ていたマルノフォンは心の中で苦笑した。でも、彼らの憶測や行動が外れたことがないことも、重々承知している。だからこそ、今も自分は安心してこの艦隊で働いていられる。恐怖を感じることもあるけれど、やはり自分は彼ら優良種のことを尊敬し、信頼しているのだろう。

 第九艦隊随一の索敵力を持つ偵察艦コロリアルは、旗艦ファースに並走するように飛んでいた。
「他艦隊は分散後、閃光に対して迎撃せず回避することにしたようですね」
 セトファーゼは通信でミレニアスにそう報告した。ミレニアスは肩をすくめる。
「言うまでもないけれど、うちの艦隊もね。…もう、補給作業を終える暇もないんだから…」
 第十七艦隊は損傷も軽微であり充分な補給を終えたと見て良いだろう。ただ、後から合流した第五艦隊はプロティア本土での再編成時に多少の調整は行ってきたようだが、間に合わせの補給をしてきただけのようであり、ミレニアスとしてはもう少し彼らのサポートをしてやりたいと思っていた。
「…ぼやいていても仕方ないわね。今はあの光を回避することに専念しましょう。シニリア大佐、いつもコロリアルには大変なことをお願いするようで悪いけれど…閃光になるべく近づいて、データの解析をしてもらえるかしら?」
「了解しました」
 申し訳なさそうに命令を伝えたミレニアスに、セトファーゼは表情を変えずに敬礼で返した。数十秒後、コロリアルは急加速し、ファースを追い抜いて閃光に向けて飛翔していった。