Gene Over│Episode3宇宙へ 09再編

「主砲、エネルギー充填開始」
 ザリオットの艦長席に座ったゼファーが、操縦席のリゼーシュを見遣る。リゼーシュは左手で操縦桿を握ったまま、右手で真横に設置された砲撃システムの制御盤に触れた。
「エネルギー充填完了まで、七十秒かかるぜ」
「ああ、構わない。…敵の数に変化は?」
「ありません。中型の戦闘艦一隻のみです」
 索敵用レーダーを見ているシェーラゼーヌが答える。ゼファーは窓の外へ視線を移し、敵艦を目視した。銀河同盟軍の戦闘艦。ザリオットが発進した直後、プロティアの大気圏内へ侵入してきてメルテ居住区を攻撃し始めた。
 相手は中型の戦闘艦、対するザリオットはその四分の一以下の大きさしかない小型の特殊偵察艦である。火力では多少劣るかもしれないが、機動性の高さを考慮すれば、十分勝機はあるとゼファーは考えていた。 当初は地上への攻撃を行っていた敵艦だが、やがてザリオットの存在に気付くと砲門をこちらへ向けてきた。
「副司令は周囲の索敵継続と、データベースから敵艦の情報検索を。リゼーシュは攻撃を交わしながら敵艦を東の海へ誘導。セラさん、敵艦に対し妨害電波を発信、通信を撹乱させて」
 ゼファーの指示に三人は頷く。忙しく通信機を動かしながら、セラリスティアは大きく息をついた。
「司令直々の指示で戦闘なんて、心強いけど緊張します…」
「大丈夫、いつもどおりで良いんですよ、セラさん」
 隣の席で、シェーラゼーヌが彼女を励ます。
 突然、リゼーシュが操縦桿を倒した。ザリオットが急激に角度を変え、体を大きく横へ振られる感覚が乗組員に伝わった。数秒もしない内に、ザリオットの横を敵が放った砲撃の光が突き抜けていく。
「リゼーシュ…避けるのが上手いのはわかってるよ。でも、もう少し緩やかな角度でも…」
「何言ってるんだよ、普通に避けるだけじゃつまらないじゃねえか」
 危うく艦長席から転げ落ちそうになったゼファーが呆れた顔でリゼーシュをたしなめるが、リゼーシュは悪気なさそうに明るく笑った。
「少尉は、いつもどおり過ぎますよ…」
「…そ、そうですね…」
 怯えた顔で通信機に抱きついたセラリスティアの横で、シェーラゼーヌは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
 乗組員には不評なリゼーシュの無謀な操縦だが、敵艦をザリオットに引きつけて居住区から離すという目的に対して、今回ばかりは良い方向へ働いたらしい。敵艦は途中で停止したり再度地上へ攻撃の手を移したりすることもなく、居住区の東に広がる海へと誘われてくれた。
「主砲、エネルギー充填完了。どうするよ、ゼファー?」
「…艦の主機関を一気に叩く。副司令、主機関の位置は?」
「敵艦は、汎用オーガス級戦闘艦に該当するようです。姿勢制御のための主機関は、右舷の底部に」
 端末を操作していたシェーラゼーヌが、艦橋のメインスクリーンに敵艦の情報を映し出す。ゼファーはそれを見て頷いた。
「よし、速度を維持したまま前進。敵が攻撃を仕掛けて来た瞬間を狙って、回避しつつ敵艦の右舷底部へ回り込み、攻撃を。いいか、リゼーシュ?」
「よっしゃ、任せとけ!」
 元気な声が艦橋に響く。リゼーシュは操縦桿、主砲発射装置の両方へ意識を集中させた。
「…敵艦より、量子砲の発射を確認しました!」
 セラリスティアがリゼーシュを振り返る。その声に反応して彼はザリオットを一気に減速させ、操縦桿を横へ倒した。敵の放った砲撃がザリオットの真横をかすめ、数秒後に敵艦自体もザリオットを追い越していく。追い越された瞬間に急加速したザリオットは、敵艦の底部に向けて一気に距離を詰めた。砲撃用レーダーが敵艦の主機関を完全に射程に収める。
「主砲発射!」
 ゼファーの掛け声を受けて、リゼーシュは主砲発射装置のレバーを勢いよく倒した。白い光の塊が真っ直ぐに敵艦の底部へ命中し、大きく煙が上がる。姿勢制御の機関を破壊された敵艦は、ガクンと横へ倒れ込むようにバランスを崩すと、そのまま海へと落下していった。
「やったぜ!」
 リゼーシュがガッツポーズをする。
「敵の増援なし。通信の撹乱も成功していたようです」
 索敵レーダーを念入りに確認したシェーラゼーヌも安堵の表情を浮かべる。敵艦が落下していった海を見つめていたゼファーは頷くと、乗組員の三人を見渡した。
「戦闘終了。当初の目的通り、第五艦隊本隊へ合流する」
「了解」
 一時停止していたザリオットが前進を始める。メルテから離れた軍施設で再編成中の第五艦隊へ針路を執った。


 第六艦隊から一時離脱してプロティアへ降り立っていたアランとシレーディアは、再び宇宙へ戻り戦線に復帰することになった。デリスガーナーとの再会を果たし、ゼファーの無事も確認した。更にはデリスガーナーによってルドの行方が再び知れなくなってしまったという情報も得たため、プロティアに留まる理由がなくなったのである。
 ただ、シレーディアの指揮するゴートホーズが強奪されてしまったため、艦隊の戦闘力が低下してしまったことは否めない。ルイスは、シレーディアを旗艦ヒューゼリアへ、彼女の部下達は人員の不足している艦へ適当に再配置するという形で、簡単な艦隊の再編成作業を行った。本土に帰って艦隊の再編成をするほどの余裕はないのである。
 デリスガーナーは第六艦隊とは元々関係がないので、再配置の対象にはならなかった。ダスローの司令長官直々の任務が遂行し終えていないことを相談すると、長官の娘であるルイスはメリーズの小型戦闘艇を一つ彼に貸し与えることを許可した。
「仕方がありませんわね。ただし『貸す』だけですわよ!?艦隊に属さずのうのうとしていらっしゃるお方にあたくしの艦隊の戦闘艇をそう簡単に差し上げると思ったら大間違いだということを肝に銘じておくのね!!」
「なんだと!?」
 あの父親に似ず随分と気の強い娘だ。デリスガーナーは、自分と同い年である彼女のことを士官学校時代から知っている。当時からあまり仲良くなれなそうだとは感じていたが。特定の艦隊に属さず極秘任務をこなす特殊戦闘員として生きる道を自分で選んだデリスガーナーの心を、彼女の言葉は逆撫でした。
「先輩、落ち着いて下さいよ!」
「し、司令、ここは穏便に…!」
 彼の後ろでアランが、そしてルイスの後ろでルーゼルが止めていなかったら通信機越しの言い争いになっていたかもしれない。
 とりあえず、デリスガーナーはメリーズに搭載されていた小型戦闘艇ワレストスを借り受けることに成功した。今はなき愛機ジスタとは乗り心地も整備の程度も比較のしようがなかったが文句は言えない。早速、彼はルド及びタイムラナーの探索を再開した。ワレストスが飛び立つ前、シレーディアはデリスガーナーに深々と頭を下げた。
「ルドのことを…どうかよろしくお願いします」
「今度こそ、とっ捕まえさせてもらいますよ」
 おどけて腕まくりする彼を見て、シレーディアは安心したように微笑み頷いた。


「…以上が、司令と連絡が取れなくなった後に起きた出来事です」
 ザリオットの艦橋で、ゼファーはロードレッドに留まり艦隊の再編成作業をしているチアースリアへ通信を繋ぐと、これまでの出来事について簡単に説明を受けた。チアースリアを始め、ロードレッドのクルー達はゼファーの無事を自分のことのように喜んでくれていた。
「…何から始めようか…」
 情報は必ずしも充分とは言えないが、自分が敵に捕らえられている間に大きく変動した第五艦隊の被害状況やら他の艦隊の状況やらを一度に説明されたゼファーは考え込んだ。
「第六艦隊から届いた通信文によれば、プロティアを取り囲む敵艦隊を攻撃していた第二艦隊は、既に戦場を離脱したとのことです。司令達が戦闘を行ったという戦闘艦は、その残存艦と見て間違いないかと」
「そうか。まだ残っているのだったら、うちの艦隊で随時迎撃していったほうが良いかもしれない。地上軍を信用していないわけではないけど…地上の危険は極力減らしたい」
「了解しました。そちらへ戦力を割くことも考慮しつつ再編成を続けておきます」
「ありがとう、お願いするよ」
 ところで、とチアースリアは首を傾げた。
「…シェーラは一緒ではないのですか?」
 通信機のスクリーン越し、狭い艦橋内に彼女の姿が見えないことを不思議に思ったのだろう。ゼファーは艦橋の入り口に視線を移して答えた。
「疲れているだろうから、ロードレッドへ帰投するまでの間、船室で休んでもらってる」
 先ほど様子を見に行ったセラリスティアの話では、休憩用の簡易ベッドで死んだように眠っているらしい。宇宙での戦闘、プロティアへの撤退、艦隊再編成の準備、ゼファーとの合流と、休みなく艦隊を指揮してきた疲れが溜まっていたのだろう。
 チアースリアは溜め息をついて目を伏せた。他人に冷たさを感じさせるような瞳が、いつになく優しい。
「感謝します、司令。あいつは…周りを気にして無理をしがちなので。本当に、何度言っても直らないな…」
「それが、彼女の良いところでもあると思うけどね。…このまま僕がロードレッドの艦長を引き受けても足りないくらい、彼女に負担をかけてしまったことは事実だ。しばらくは休ませるよ」
「司令も負傷されたと聞きましたが、大丈夫ですか?」
 チアースリアに問われ、ゼファーは自分で打ち抜いた左肩を僅かに気にした。デリスガーナーの応急処置が適切だったため悪化している様子はないが、しばらくは痛むのだろうと思う。ゼファーは心配そうに見つめてくる部下に笑って頷いてみせた。
「大した怪我じゃないし、自業自得みたいなものだから」
 とはいえ、うちの艦隊はどこもボロボロだ。ゼファーはそれを認めない訳にはいかなかった。