Gene Over│Episode3宇宙へ 06集結

 セフィーリュカとリフィーシュアは満足そうに頷いた。二人の視線の先には、恥ずかしそうに佇むフェノンの姿がある。
「ほら、俯いてないでちゃんと立って!」
 リフィーシュアに言われ、フェノンはおずおずと顔を上げた。
「だって、こんなの研究所で着たことないんだもん…」
 研究所から支給された軍服。それがフェノンにとって唯一の衣服だった。それが血で汚れ切ってしまったので、アーベルン姉妹によってセフィーリュカのおさがりに無理矢理着替えさせられてしまった。白のトップスにチェックのスカート。誰が見ても、軍の人型兵器には見えない。
「すっごく可愛いよ、フェノンちゃん」
「でも、左手の通信機と腰に下げた銃が余計よねぇ…」
 自分のことのように喜んでいるセフィーリュカの横で、リフィーシュアがフェノンの装備品を見た。フェノンはそれらを取られないように必死に押さえ込む。
「駄目だよ?これだけは外さないからね!?これ失くしたら、エルに怒られちゃうんだから!」
「エル?」
 リフィーシュアが聞き返すと、フェノンは淋しそうに俯いた。
「仲間なの。最近やっと仲良くなれたのに…離れ離れになっちゃった…」
 そう言って銃を大事そうに握り締める仕草は、とても人間的で、リフィーシュアはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「ま、いいわ。…それにしても便利な身体ね。あんなに血が抜けても大丈夫なんて」
 リフィーシュアはそう言いながら、オプションの人工血液がほとんど抜けきってしまって青白い顔をしたフェノンを見た。後で化粧をしてしまえば、顔色の悪さは解消されるのだろうと思案する。
「簡単に言っちゃうと身体は全部オプションで、頭と胸の部分にあるすごく高度なコンピュータが本体だからね。そのどちらかが壊れない限り大丈夫なんだよ。さっき抜けちゃった血液の分は、適当に皮膚を破って色水でも注しておけばいいし」
「何ていうか…意外と原始的な作りなんだね…」
「じゃあ、どうしてフィオグニルはフェノンちゃんの左胸を撃たなかったのかしら?」
 リフィーシュアがふと呟いた言葉に、セフィーリュカとフェノンは反応した。
「だってそうでしょ?邪魔者を殺したかったなら、左胸を撃っちゃえばよかったんじゃない?」
「…フィオにはデリートシステムがないから」
 リフィーシュアの問いにあっさりと答えたフェノンだったが、二人にはその意味するところがわからなかった。それを察して、フェノンは二人に説明する。全てのヒュプノスにはお互いを殺し合えないようなシステムが基礎理論として組み込まれていること、それを唯一持っていた個体はすでにこの世にいないこと、その個体がフェノンの前駆体であること。
「じゃあ、もしヒュプノスが暴走したりしたら、止められないってこと?」
「…そう、だね。そういうことになるんだ…」
 今更そのことの重要性に気づいたのか、フェノンは俯いて歯切れ悪くそう答えた。
 そうであるなら、フィオグニルは現在とても危険なのではないか。フェノンでさえも敵と判定して攻撃する彼は、ちゃんとしたプログラムに則っていないのかもしれない。あれは、暴走しているのかもしれない。もしそうなら、一刻も早く博士に報告しなければならない。そして、デリートシステムの搭載された個体を製造してもらわなければならないかもしれない。そして、フィオグニルを…。
 フェノンが思考を巡らしていると、不意に家の中にチャイムの音が響いた。
「?誰か来たみたいね」
 部屋を出て行くリフィーシュアに、セフィーリュカとフェノンも続いた。

 玄関に立っていたのは、軍服を着た男女だった。男の方はオレンジ色の長髪のまだあどけなさの残る青年で、もう一人は落ち着きのある、どこか威厳さえも感じられる、笑顔の似合う女性である。
 家の中にいる者全員で応対に出たので、二人は驚いていたようだったが、その中にデリスガーナーの姿を確認して顔を綻ばせた。
「レンティス少佐!」
「アラン!それにノジリス大佐!」
 デリスガーナーは二人に駆け寄った。出会った時はいつもそうするように、アランの髪をぐちゃぐちゃと掻き回す。迷惑そうにしながらも、アランは安心したようであった。
「本当に、心配したんですよ?」
「少佐、ご無事で何よりです」
 アランとシレーディアから口々に言われ、デリスガーナーはばつが悪そうに頬を掻いた。
「すまなかったな。まさかプロティアがこんな状態になるなんて思わなかったからさ」
「その制服…あなた達はダスローの宇宙連邦軍人ですか?」
 シェータゼーヌの肩を借りて歩いてきたゼファーが尋ねる。セフィーリュカが兄のプロティア語をダスロー語へ訳して伝えると、アランとシレーディアは頷いた。
「俺達は、第六艦隊の者です。あなたが、アーベルン司令ですね?上司から、無事を確認するよう命じられてきました」
「そうでしたか…。確かに僕が第五艦隊司令ゼファー・アーベルンです。…プロティア周辺の状況を教えて頂けますか?」
 ダスロー宇宙軍で最強と噂される第六艦隊がプロティアを支援しに来たという事実を、ゼファーは多少の驚きを持って受け入れた。
「プロティア周辺を銀河同盟軍の艦隊が包囲していますが、徐々に撃退しているところです。当初から戦闘を続けていた第五艦隊の損害は大きく、プロティアへ一時撤退して頂いたところですが…」
 シレーディアがごく簡単に状況を伝える。皆がそれに集中している中、フェノンだけはどこか虚空を見つめていた。セフィーリュカがふとそれに気づく。
「どうしたの、フェノンちゃん?」
 どうやら彼女は耳を澄ませているようだ。彼女はセフィーリュカの方を見ると、彼女の手を引いた。
「宇宙船のエンジン音が聞こえる…」
 セフィーリュカは、訳もわからずフェノンによって外に連れ出された。徐々に彼女の耳にもエンジン音が聞こえ始める。他の皆もそれを感じたのか、次々と家の外に出てきた。気付けば、近所の住人も外へ出てきて空を見ていた。
 近づいてきたのは、小型の宇宙船だった。ここが住宅地であることなどお構いなしに、真っ直ぐこちらを目指している。
「あれは…」
 ゼファーが、宇宙船を見上げて呟く。
「…ザリオット?」
 ザリオットは徐々に高度を落とし始めた。周囲に風が巻き起こる。
「ここに、着陸する気じゃないでしょうね!?」
 強風からセフィーリュカとフェノンを守りながら、リフィーシュアが叫ぶ。しかし、彼女の言葉に反して、ザリオットはゆっくりと住宅街のど真ん中に着陸した。エンジン音が徐々に小さくなり、最後には停止する。
「…………」
 誰も、何も言えなかった。ただ唖然と存在感の在り過ぎる金属の物体を見つめていた。
 不意にハッチが開いて、そこから三人の人物が現れた。軍服を着た赤毛の男は誇らしげに、同じく軍服を着た女性と通信士の制服を着た女性はひどく疲れた様子で。
「リゼーシュ…やっぱりあいつの操縦か…」
 ゼファーがうなだれる。当のリゼーシュはゼファーの姿を見ると、元気良く手を振って走ってきた。
「おお、ゼファー!生きてたか!」
 後ろからシェーラゼーヌとセラリスティアも走ってくる。
「皆さん、ご無事ですか!?」
「副司令、それにセラさんも。どうして三人がここに…」
「司令の家が襲撃されたって聞いて、急いで飛んで来たんですよ!」
 三人を見回すゼファーに、セラリスティアが説明する。もし敵に立て篭もられでもしていたら大変だからと、ザリオットで住宅地に攻め込むことにしたらしい。
「立て篭もった犯人と一緒に俺達も殺す気か?少しは考えろよ、シェーラ」
 シェータゼーヌに言われて、リゼーシュとセラリスティアが「あ」と同時に言って固まった。シェーラゼーヌが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ご、ごめんなさい!私、必死で…でも、シェータが変なところで通信を切ったりするから!」
「好きで切った訳じゃない!突然壊されたんだからしょうがないだろ?」
「まあまあ…とりあえず怪我人も出なかったし、いいじゃないですか」
 ほとんど同じ顔をした兄妹の言い争いを、ゼファーがそっと仲介した。
「何だかどんどん人が増えていくね、この家」
 セフィーリュカは小さくため息をついた。
「良かったじゃない。こんな時こそ、星間通訳の出番でしょ?」
 リフィーシュアはセフィーリュカにそう言ってウインクしてみせた。セフィーリュカは頬を赤らめて、それでも嬉しそうに微笑んだ。
 和やかな雰囲気の中で、シレーディアは自分の通信機が音を発していることに気付いた。残してきたゴートホーズのクルーからの通信である。
「はい、こちらノジリス大佐ですが」
 通信機を取ったシレーディアの方をアランとデリスガーナーが見る。彼女はしばらく通信機の向こうの声を聞いていたが、不意にその顔が強張った。
「それは一体どういうことですか!?」
 突然シレーディアが大声を上げたので、その場の全員が彼女を見る。
「な、何かあったんですか?」
 アランが驚いてシレーディアに尋ねる。彼女はゆっくりと彼に虚ろな視線を移した。
「ゴートホーズが…強奪されてしまいました」