Gene Over│Episode3宇宙へ 05分散

 第二艦隊所属特殊戦闘艦ダースジアの艦橋に、帰還命令を受けたヒュプノス達が入ってきた。その数僅か六体。艦長のログフィストは、つまらなそうに彼らのリーダー、No.1男性型フォーティスの報告を受けていた。
「…最後に被害状況ですが、No.27、No.30、No.35の破壊が確認されています。報告事項はこれで全てです」
 フォーティスの報告が終わると、ログフィストは彼を一瞥して、すぐに他へ視線を転じた。
「被害は三体、掃討したのは四百人、か。まあ、この程度で十分だろう。帰還命令を無視し続けている個体が四体もあることは遺憾に思うが、第七研究所の責任にしておけばいい」
 ログフィストはフォーティス達を下がらせると、窓から見えるプロティアの景色を無感動に見つめた。何もかもが選別された人工物で出来た惑星。エルステンは惑星―容れもの―自体が人工物だが、こんな星と母星を一緒にされては堪らない。
「偽りの命が集った星。あの人形達には寧ろこの星の方が相応しいのかもしれんな…」
 独り呟いて、ログフィストは低く小さな笑い声を立てた。
 こうして、任務を終えたダースジアは、プロティアの大気圏を離れていった。

「戦場離脱命令です、艦長。旗艦を含む数隻は既に第五宙域からの離脱を完了した模様」
 駆逐艦ディレンの通信士がリオを振り返る。リオは、彼の言葉に表情一つ変えずに頷いた。
「了承の意を伝えて下さい」
 依然プロティアを包囲している敵艦は存在する。だが、その大多数は撃破出来たようだと、リオは分析した。近くで共に戦っているダスローの第六艦隊はまだ余力を残しているようにも見えるし、あとは彼らに任せても充分プロティア侵略は阻止出来るだろう。
 艦長が素直に離脱命令を受け入れたことに、彼女と同じくエルステン第三級民である通信士は安堵の表情を浮かべた。彼の考えを見透かしたかのように、リオは乏しい表情ながら薄く微笑む。
「これ以上の命令違反を犯すほど、愚かではないつもりです。私個人に対する罰は甘んじて受けましょう。でも、ついて来てくれたあなた達まで罰せられるようなリスクだけは回避します」
 牢獄で謹慎でも命じられるだろうか、それとも本国での強制労働?第三級民に対する命令違反への処罰は第一級民の気まぐれで決まるのだろう。帰還後に自らへ課せられるであろうことを一通り想像しながら、それぞれを冷静に心の中で解釈する。焦燥も、恐怖も、別に感じない。
「(誇りを持って、生きる―)」
 虐げられる第三級民。でも、自分達の『心』だけは自由だ。
 自分の『心』に従い、自分が助けたいと願う惑星を守る一助が出来た。
 抑圧された権利をしっかり取り戻せたような、そんな充足感がある。
 そう、一歩宇宙へ出てしまえば、第一級民(リオン)が絶対的に正しいなどという教えが、決して真理ではないことに気がつけるのだ。
 この広い宇宙においては、どんなに尊大な第一級民さえ、小さな、小さな存在に過ぎないのだから。


 第六艦隊の旗艦ヒューゼリアに、第二艦隊所属艦が第五宙域外への時空転移を完了したとの報が入った。ルイスはその報告書に一度さらりと目を通すと、床に放り投げた。ルーゼルが慌てて拾い上げる。
「な、何をなさるのです司令!」
「そんなことだろうと思っていましたわ。やはりエルステンはプロティアを助けようなどと、微塵も思っていなかったということですのね!」
 ルーゼルの問いには答えず、ルイスは怒気のこもった声で吐き捨てた。
「ど、どういうことですか?」
 いつになく機嫌の悪い上司に、ルーゼルはおずおずと質問した。ルイスは彼の方に振り向くと、腰に挿していた指揮杖を力いっぱい彼の前に振りかざした。ルーゼルの顔の前面に風が巻き起こる。彼の鼻先にピタリと指揮杖の先が向けられ止まった。あと数ミリずれていたら、指揮杖はルーゼルの頭を思い切り殴りつけていただろう。
「どういうことも何も、その報告書を読めばわかるでしょう!?周囲の敵を掃討したとはいえ、今この状況で戦線を離脱するのはよほど損害を負った者か、さもなければよほど戦う意志がない者ですわ!!第二艦隊は圧倒的優位な立場にありました、つまり後者なのですわ!!このあたくしの目の前で、そのように無様な逃げ恥を曝すなどと、言語道断なのですわ!!」
「いえ、そのようにお怒りになられましても、司令はこの第六艦隊の司令でいらっしゃいますから…司令長官にでもなられない限り、他星の艦隊に口出し出来る立場ではないわけでして…」
 艦橋の中央で完全に興奮して捲し立てるルイスを抑えようと、ルーゼルは必死になったが、彼女はまるでひるまなかった。
「口出し云々の問題ではないのですわ!これは倫理的、道徳的な問題でしてよ!?人を人として見ない野蛮人なのですわ、エルステン人というのは!!」
「あああああ!やめて下さいよ!それ以上仰ったら、エルステンとの政治的摩擦が…」
「相変わらず漫才じみたことやってますねぇ」
 二人の言い争いが、一瞬で収まる。二人が同時にスクリーンを見ると、呆れた様子で頬杖をついているアランが映っていた。通信が繋がってから、しばらく二人の様子を観察していたらしい。
「イーゼン中佐、君からも何とか言って下さい。もう、私は胃が痛くて…」
 本気で泣きそうになっているルーゼルに同情しながらもアランは「嫌です」ときっぱり言い放った。ルーゼルは酷くショックを受けたのか、その場にへたり込んでしまった。ルイスがそんな彼に冷たい視線を送る。
 アランは、ルイスが落ち着きを取り戻したことを確認してから話を切り出した。
「第五艦隊が、地上で艦隊の再編成作業を始めたようです。そこで、編成の完了状況を把握するための情報収集に当たろうと思っているのですが、司令の許可を頂きたいのです」
「構いませんことよ。彼らが戦線に復帰して頂けるまでの時間がわかれば助かりますもの。でも、そんなことが出来ますの?」
「私の情報収集力をなめてもらっては困りますよ」
 自信満々といったアランの笑みに、ルイスは軽く肩をすくめた。
「そうでしたわね、愚問でしたわ。では情報集めついでに、第五艦隊の代表者、今はコルサ中佐でしたかしら?彼女と連絡を取る方法をご存知ではありませんこと?」
 第二艦隊が帰還してしまったことによりプロティアの守備が著しく低下してしまったことを、第五艦隊に伝えてやらねばならない。そう思ってルイスが尋ねるとアランは「そうでした」と短く声を上げた。
「何ですの?」
「司令にお伝えしなければなりませんでした。第五艦隊の司令がまた変わったんですよ」
「何ですって?」
「司令代理のコルサ中佐に替わり、アロラナール准将が臨時司令になったようです」
「司令代理の代わりの臨時司令ということですの?まったく、第五艦隊は不思議な人事をなさいますのね」
 ルイスはぶつぶつ言いながら、第五艦隊臨時司令宛ての通信文を作成し始めた。
「それで、司令。もう一つお願いが」
 キーボードを叩くルイスの手が一瞬止まる。アランが中々用件を言い出さないので、ルイスは腹立たしげにアランを見据えた。
「何ですの?早く仰いなさいな」
「あの…ノジリス大佐をプロティアに連絡員として派遣することを許可して頂きたいのですが…」
「ノジリス大佐を?どういうことですの?」
 ルイスは不審げに眉を顰めた。戦闘艦ゴートホーズの艦長として任に就いているシレーディアを、なぜこのタイミングで解放する必要があるのか、彼女にはまるでわからなかった。
「王女殿下の道楽でということならば容赦しなくてよ?」
「司令!今度はそのようにノジリス王家を敵に回すようなご発言を…!」
「あなたは黙ってらっしゃい、オセイン中佐」
 ルイスの発言を聞いて、今まで魂が抜けたようにへたり込んでいたルーゼルが慌てて立ち上がったが、またすぐにルイスによって軽くあしらわれてしまった。
「そうじゃないんです。司令もご存知の通り、大佐の義弟を現在プロティアで捜索中です。しかしその後レンティス少佐から何の連絡もないので、少々心配になりまして」
「…第五艦隊との連絡員としてプロティアに降りつつ、少佐の行方も捜そうということですの?」
「はい、ゴートホーズが離脱することによる戦力の低下は私も大佐も承知しています。ですが、どうか大佐のお気持ちも…」
「勝手になさい」
「は?」
 意見を一蹴されて終わってしまうのではないかと思い込んでいたアランは、あっさりと口をついて出たルイスの言葉に半ば唖然とした。
「何をぼけっとした顔をしてらっしゃいますの?勝手になさいと言ったのですわ。ノジリス大佐に、いえゴートホーズに艦隊離脱許可を」
 ルイスは通信士の方に振り向くと、てきぱきと指示を与えた。彼女はその後に更にこう続けた。
「それと、メリーズに艦隊離脱命令を」
「………は?」
 平静を取り戻す暇も与えられず、アランはまたしても情けない声を発した。ルイスが意地悪な笑みをアランに向ける。
「偵察艦メリーズ艦長イーゼン中佐に命じますわ。ゴートホーズと共にプロティアへ降下し、ノジリス大佐の補助をなさい。それともう一つ、依然行方不明中のプロティア圏司令長官代理アーベルン大佐の捜索を命じますわ」
「司令…私も行っていいんですか?」
「艦ごととは言え、一国の王女を単独で降下させる訳にはいきませんでしょう。有事の際はせいぜいあなたが身を挺してお守りになるのね。以上、通信終了。いってらっしゃい」
 命令承諾の返事も言わせず、ルイスは通信を終えた。ルーゼルが不安そうに彼女を覗う。
「よ、よろしいのですか司令。第二艦隊が離脱した今、更に我が艦隊の主力艦を二隻も離脱させてしまっては…」
「今だからこそですわ」
「と、言うと?」
「あの二隻はここに来てから戦い詰めですわ。これからいらっしゃるはずの敵の増援艦隊相手に、このまま戦い続けられる訳がないでしょう?戦士に休息は必要でしてよ」
 そう言いながら、ルイスは小さく欠伸をした。
「そういうことですから、あたくしも少し休ませて頂きます。皆も適当にお休みになられればよろしいですわ。その間の諸々の処理はオセイン中佐にお任せ致しますから」
「…私に休息は不要である、と?」
 泣きそうな顔でルーゼルがルイスの背を追う。彼女はさも当然といった顔つきで頷いた。
「副司令とは、こういう場面で初めて力を発揮するものでしょう。それでは、後のことはよろしくお願いしますわね」
「そんな……」
 そろそろ辞表を提出しても誰も責めないのではないか。ふとそんなことを頭の中でよぎらせながら、ルーゼルはがくりと肩を落とした。

 アランは事の次第をシレーディアに伝えていた。
「はぁ…。相変わらず、司令と話すと疲れますよ…。そういう訳なので、私もお供します、大佐」
「そうですか、何だかご迷惑をおかけしたようですね」
 シレーディアが物憂げに俯いたので、アランは慌てて首を振った。
「クビにされたのかと、一瞬ひやりとしましたけどね。そういうことじゃなさそうなので問題ないです」
 笑いながらそう告げると、シレーディアは安心したように微笑んだ。王族特有の整った笑顔だ。しかし彼女のそれはまるで嫌らしさを感じさせない。
「それにしても、捜し人がまた増えてしまいましたね。アーベルン司令は果たして無事なんでしょうかね…?」
 アランは腕を組んで考え込んだ。
「レンティス少佐が軍司令部へ出向かれて、アーベルン司令をお助けしていた、なんてことになっていれば都合がよいのですけれど」
「ははは。大佐、まさかそんな出来すぎた話あるはずないじゃないですか」
「そ、そうですよね…」
 アランは軽く笑いに付し、シレーディアは頬を赤らめたが、そんな『出来すぎた話』が実際に起きているなどとは、この時誰にも予想出来なかったことである。


 ケーブルの先からデータが流れ込んでくる。
 頭で、身体で、それを感じる。もう幾度と無く繰り返している行為。
 しかし、徐々に自分とそれとの境界を失っていっているような、奇妙な感覚に陥るようになっている。これが慣れなのか…?
 否。
 確かに自分は自分を失くしていっているのだ。間違いない。
 実際にこの目で見たことはないけれど、この類のものは我々人間を『喰って』しまうそうだから。
 それでも、ディールティーンはこの行為から離れられない。
 彼には罪があるから。存在する罪が。
 こうして『繋がる』ことで罪を償えるのならば、罰されよう。
 ディールティーンは自己を知覚するために、剣(ロズベル)を駆る。こんな自分を、自分達を受け入れてくれるのはこの漆黒の闇だけだから。

 剣を模した形の宇宙船が闇に消えていくのを窓越しに見送っていたコアルティンスは感嘆の息をもらした。
「何て速さだ…。あれならプロティアまで数時間とかからないのではありませんか?どんなエンジンが搭載されているのですか?」
 窓を凝視している好奇心旺盛な若い研究者の横で、星間通訳のニーセイムはくすくすと笑った。
「エンジンはありませんよ。あれは機械ではありませんから」
「機械じゃないって…どういう意味です?」
「過文明器(オーパーツ)じゃよ」
 ニーセイムの代わりに答えたのは矯正院(ケルセイ)で『院長』と呼ばれている老人ユグル・バリだった。老人は片眼鏡の位置を直しながら、目を細めて剣型の宇宙船、それに搭乗するディールティーンが去っていった方向を見た。
「オーパーツ…あんな大質量体が存在していたなんて」
 コアルティンスは信じられないといった表情で老人を見た。ユグルはいかにも好々爺といったような笑みを浮かべる。
「お若いの。ここはもう一つあれと似たオーパーツを所持しておるよ」
 さらりと言いのけたユグルに、コアルティンスは返す言葉がなかった。表面上は宇宙連邦に所属していながら連邦政府による統治を拒み続ける宗教国の惑星。連邦で厳重に管理されて然るべきオーバーツが、そんな惑星の一機関で実用化されているなど、非常に危険なことではないのか。
「……」
 黙り込んだコアルティンスの心を読み取ったかのように、ユグルは追い討ちをかけた。柔らかい笑顔が薄れ、片眼鏡のレンズが冷たく光る。
「オーパーツなど珍しいものではなかろう、お主らエルステンの人間はあれがなければ生きていけんのだから」
 ユグルの言葉に、コアルティンスは驚きで呼吸を一瞬忘れる。院長の言葉をただ純粋にエルステン語に翻訳しただけのニーセイムは意味がわからないらしい。小さく首を傾げていた。
「なぜ、あなたが…」
「エルステン政府上層部の人間しか知らないはずのことを老いぼれたシレホサスレン人が知っているのか、か?ならば逆に聞こう。なぜ一研究所所長であるお主が知っておる?」
「そ…それは…」
「ルーズフトス博士から聞いておるのかね?忌まわしきオーパーツ、『E-ユニット』の存在を」
「…………」
 知りたくて知ったわけではない。知らずにいた方が、幸せにいられたに違いない。
 重い沈黙が流れた。ニーセイムはお互いの目を見つめ合って動かないユグルとコアルティンスとを交互に見て、肩をすくめた。しかし不意にユグルがローブを翻したので自然とそちらへ目を遣る。
「エルステンの人間はプロティアを罪深き星と呼ぶ。しかし、自分達を棚に上げた愚かな考え方じゃよ。そうは思わんか、お若いの」
「……そうかも、知れませんね…」
 部屋を出て行くユグルに、エルステンで生まれ育った年若いプロティア人はそれしか言うことが出来なかった。


 第六艦隊の戦闘艦ゴートホーズと偵察艦メリーズは揃ってプロティアに降下した。途中、敵艦隊の残存戦闘艦からの一時的な攻撃を受けたが、特に問題なく退けることが出来た。両艦のクルーは、プロティア地上での長期待機と称して短い休憩を取る形となったが、艦長二人には実質上休んでいる暇がなかった。
「はあ、何時間ぶりの地上かなぁ…」
 プロティアの土壌を踏みしめて、アランは大きく伸びをした。隣に立ったシレーディアも深呼吸しながらプロティアの景色を見渡している。
「プロティアって気持ちいい所ですね。さすが観光惑星です」
「ええ。でも俺たちは観光してる場合じゃないですからね。早速捜索に取り掛かりましょう」
 そう言って方角も定めずアランは歩き始めた。シレーディアは微笑を浮かべたままそれを見送りかけて、慌てて呼び止めた。
「ちゅ、中佐?どちらへ行かれるのですか?」
「…そういえば、どこへ行けばいいんでしょうね…」
 アランは立ち止まると腕を組んだ。数秒後、シレーディアが「そうですわ」と声を上げた。
「携帯端末でレンティス少佐と連絡がつかないでしょうか?今までは宇宙にいたので汎用携帯端末が使えませんでしたが、同じプロティア内にいればきっと…」
「なるほど!全然気づかなかった。試してみましょう!」
 軍務で広く使用される通信機へは先ほどかけてみたのだが、無情にも通信途絶のメッセージが表示されるのみで、埒が明かない。アランはポケットから携帯端末を取り出すと、デリスガーナーのそれにダイヤルを合わせた。
 呼び出し音が数回鳴る。その時間が二人には永遠のように長く感じられた。
「…もしもし?」
 ブツッと音がした後で、聞き覚えのある声がしたので、アランとシレーディアはお互いの顔を見合わせた。
「レンティス少佐ですか!?」
「アランか?何でだ、何でこんなに携帯ではっきり聞こえるんだよ?おいお前、一体どこからかけてるんだ?」
「少佐を捜しにノジリス大佐とプロティアに来てます!」
「はあ!?」
 どうやら信じていないようなので、シレーディアがアランの端末に身を乗り出した。
「レンティス少佐、ノジリスです。お元気そうでほっといたしました」
「た、大佐…!?本当にプロティアに?」
「だからそう言ってるでしょう。今どこにいるんです?無事なんでしょうね?ルド少年はどうなったんです?」
 後輩から質問攻めにされて、デリスガーナーはしばらく混乱して「あー」とか「うー」とか言って言葉を濁した。
「とりあえず俺は無事だ。でも、どうやらおかしなことに巻き込まれて…よくわからんがプロティア人とカナドーリア人とエルステン人と一緒に行動している。ルドは…どこかへ消えた」
「あの、少佐…整理してからしゃべって下さいよ。消えたって…もっとわかりやすく…」
「本当に消えたんだって!あぁもう!こんな間接的に話してたってわからん!こっちへ来てくれ!首都メルテの居住区画にあるアーベルンさんの家にいるから!」
 横ですかさず自分の端末にメモを取っていたシレーディアが驚いて顔を上げた。
「アーベルンさんって…まさか、アーベルン司令長官代理では!?」
「え、そ、そうですけど…」
「彼はご無事なのですか?私達、第六艦隊のラルネ司令から彼の安否確認を仰せつかっているのです!」
「ええ、無事ですよ。負傷してはいますけど…」
 シレーディアの剣幕にすっかり圧倒されながら、デリスガーナーは答えた。シレーディアとアランは頷き合った。
「わかりました。至急そちらに向かいます!お話は後ほど!」
「ああ、わかった。気をつけてな」
 端末をしまうと、アランは歩き出した。シレーディアがまたしても呼び止める。
「中佐?小型艇を使わなくてよろしいのですか?」
「プロティアには初めて来ますけど、地図は頭に入ってます。居住区画はすぐそこですよ」
「なるほど…さすがですね…」
 二人は居住区を目指して歩き始めた。思ったより早く任務を全うして戦線に復帰出来そうである。


「という訳だ」
 メルテにある主要軍施設へ到着後、全艦の修復に必要な物資の搬出手続きや負傷者の入院手続き等を全て済ませたシェーラゼーヌは、ザリオットの一室で休憩中にチアースリアから通信を受けた。そこで初めて彼女は、ゼファーが生きていることを知った。
「良かった…」
 シェーラゼーヌは胸を撫で下ろしたが、チアースリアは安心しきっていないようである。彼は、少し間を空けて口を開いた。
「…このことは言うべきか、迷ったのだが…」
「…?」
「シェータと通話中に、突然切れた。それが、とても不自然だったから心配なんだ…。シェータは最後に『エルステン人に襲われている』と言っていた」
「それって…襲撃があったってこと?それじゃ、皆が本当に無事かどうかわからないじゃないの!」
 シェーラゼーヌは携帯端末を持ったまま立ち上がった。
「わかったわ。私がこれからアーベルン司令の家へ向かいます。ルッコーラ少尉とセラさんをお借りしますからね」
「ま、待てシェーラ!危険だ。もう少しこちらで情報を分析してから…」
 チアースリアの言葉を最後まで聞かないまま、シェーラゼーヌは端末をしまい込んだ。足早にザリオットの艦橋へ向かう。
「あれ中佐?お休み中では?」
 突然艦橋に現れたシェーラゼーヌを見て、セラリスティアが首を傾げた。操縦席でうたた寝をしていたリゼーシュも、慌てて身を起こす。
「ザリオットだけ別行動を開始します。半分以上私の我がままですけど、お二人共、どうかもう少し付き合って下さい」
 シェーラゼーヌはそう言って艦長席に座ると、南に針路を執った。