Gene Over│Episode2空と血の邂逅 02拡大

 爆撃の音がする。
 現代の戦争というのは宇宙において展開されるものではないのか。
 少なくとも、セフィーリュカの今まで生きてきた世界ではそうだった。
 でも、今は違う。地上が壊されていく。軍人だけでなく、民間人も殺されていく。
 蛍光灯の光が一瞬だけ消える。反射的に目を瞑ったが、すぐに回復して明るくなったのでセフィーリュカも恐る恐る目を開けた。彼女はとっさに縮んだ体をゆっくりと伸ばし、窓際の青年を見た。シェータゼーヌは窓の外を見ていた。
 セフィーリュカはシェータゼーヌの自宅で数学を教えてもらっていた。いつもと変わらぬ光景。しかしそれは一瞬の内に変化した。日も暮れかかっているというのに、突然外が明るくなった。そしてその後に響いた爆発音。驚いた二人が窓の外を見ると、首都メルテの市街地がある方角から煙が上がっていた。更に二人を驚愕させたのは、空に浮かぶ無数の戦艦。それらから次々と細い光の筋が伸び、プロティアの大地を照らしていく。侵略が始まった。二人はお互い何も言わず、その情景を眺めていた。
 家族のことが心配になり、セフィーリュカは携帯端末から何度も連絡しようとしたが繋がらなかった。シェータゼーヌの家の電話を借りても同様だった。母と姉は市街地に出かけたはずである。無事であればいいのだが。シェータゼーヌが住んでいるラナ市はメルテの隣市で、今のところ安全のようだ。セフィーリュカはしばらくここに滞在させてもらうことになった
 不意に、窓の向こうが明るくなった。ドオンと大きな爆発音がし、窓枠がガタガタと揺れた。こんなに離れた場所でも衝撃を感じるのに、実際に攻撃された場所はどうなってしまうのだろう。
 セフィーリュカは、リビングのソファに座った。爆発音の度に心臓の鼓動が速くなるのを感じる。シェータゼーヌは意外と落ち着いた動作で自分のデスクに戻ると、引き出しから何やら袋を取り出した。セフィーリュカがそれを眺めていると、シェータゼーヌは困ったように首を傾げて苦笑した。
「薬を飲むだけだよ。そんなに見つめないでくれ」
「…何の薬ですか?」
 黙って外の音を聞いているのが怖かった。セフィーリュカが尋ねると、シェータゼーヌは袋から数粒の錠剤を取り出して、それを彼女に見せた。
「これが心臓の薬。これが胃の薬。これは…何だったかな」
 適当な解説をしながら、シェータゼーヌはコップに水を汲み、それを口に含んだ。続けて手のひらの薬を同時に飲み込む。そんな彼を見て、セフィーリュカは少し寂しげに俯いた。
「毎日そんなに薬を飲むのは、大変ですね」
 コップをすすいで金網の上に立てかけたシェータゼーヌは、下を向いて呟いた少女を少し驚いた表情で見た。そして次の瞬間、笑い始める。
「昔からやってるんだ。面倒だと思ったことはあるが、今更大変だとは思わない」
「でも、この星の技術ならシェータさんの体を健康にする手段はいくらでもあるんじゃないですか?」
 セフィーリュカは俯いていた顔を上げ、青年に問い詰めた。これは前からずっと聞きたいと思っていて、今まで聞き出せなかったことである。シェータゼーヌは一瞬戸惑ったように、強い意志を持つ少女の空色の瞳を見たが、すぐに彼女から目を逸らし、わかっている、と小さく呟いた。
「遺伝子治療を行えば治せる可能性はあると、医者に言われた。でも、断ったんだ…」
「…なぜですか?」
 セフィーリュカは聞くことを一瞬ためらったが、彼女の無意識の内での好奇心は、続く言葉を求めていた。
「昔、ある病弱な子供がいた。ある時その子供は、治らない病気にかかった。子供の父は生物学者だった。その父親は子供の病気が治らないと知ると、その子供のコピーを作った。遺伝子を改造し健康な体を持った、子供にそっくりのコピーを…」
 シェータゼーヌは、どこか遠くを見ながら淡々と言葉を紡いだ。セフィーリュカは何も言えず、ただ彼の顔を見ていた。彼にそっくりだという彼の妹のことが脳裏によぎる。
「つまり、遺伝子を少しでもいじった俺は俺ではないものになれるということだ…。遺伝子レベルで改善出来る治療を受ければ、確かに健康になれるのかもしれない。でも、それは俺であって俺でないんだ…」
 シェータゼーヌは言い終えると、少し苦しそうに胸元を押さえた。セフィーリュカは驚いて彼に駆け寄ろうとしたが、彼が更に言葉を続けたので、動くに動けなくなってしまった。
「この星にあって、俺の体は欠陥かもしれない。それでも、これが『シェータゼーヌ』という一人の人間を構成する重要な要素であることに変わりはないんだ…。この体を失ったら、誰が俺を俺だと認めてくれるんだろうな?」
 そう言って、彼は悲しそうに笑った。セフィーリュカは、何も言えなかった。なんだかもどかしい。
 アイデンティティーを守るために自分の命を捧げる。
 セフィーリュカには、彼の姿がそう映った。
 哀れな生き方に思えた。
 そう思うこと自体が差別なのだろうか。
 しかし、セフィーリュカにはその生き方を否定することなどできはしなかった。
 セフィーリュカはプロティア人だから。
 造られた人間だから。
 選ばれた髪の色、選ばれた瞳の色、選ばれた遺伝子―。

 レイトアフォルトの言葉を思い出す。
―君は…何を以って人間を人間と定めるの?―

 耳鳴りがする。
 自分は一体何者なのだろう。
 人間とは、何だろう。
 人間でないものとは、何だろう。
 また外で爆発が起こる。窓がビリビリと音を立てた。
 自分の住んでいる星で起こっている出来事なのに、どうして自分は今こんなにもそのことが他人事に思えるのだろう。
 母は大丈夫だろうか?
 姉は大丈夫だろうか?
 兄は大丈夫だろうか?
 皆、自分のことを心配しているのだろうか?
 考えなくてはいけないことは多々ある。そう頭ではわかっているはずなのに、何もしようとしない自分がいる。何も出来ない、自分がいる。


 聞こえてくる爆発音が少し減ってきたような気がする。疲れたのか、セフィーリュカは来客用のソファに横になると、すぐに静かな寝息をたて始めた。何の警戒心もなく眠る彼女を見ながら、シェータゼーヌは呆れたように溜め息をついたが、彼女の頭上の電灯を消し、自室のベッドから持ってきた毛布を一枚彼女にそっとかけると、いつもの自分の席についた。読みかけの研究資料をもう一度開く。ちらりと時計に目を遣ると、デジタル式の卓上時計が丁度2300という目盛りに変わった。
 この時間を過ごすのはいつも一人だった。時々学生時代の友人などが訪ねて来て一晩の宿に使っていくことがないわけではないが、そのようなことは稀で、シェーラゼーヌが軍務に出ている期間、シェータゼーヌは一日の半分以上を独りこの家で過ごす。たまには実家に帰ってみようか、とふと思い、父母の顔を思い出す。育ての親だ。既に亡くなった実の親の顔など、とうに忘れてしまった。いや、思い出すのが怖かった。彼らの生きた軌跡が存在した星はもうこの世にない。あの惑星にいたどんな人間も、一瞬で存在を消されてしまったのだから。

「この星の技術ならシェータさんの体を健康にする手段はいくらでもあるんじゃないですか?」

 セフィーリュカの声が脳裏で甦る。彼女が起き上がってもう一度自分にそう語りかけているような錯覚に襲われ、彼女の眠るソファに目を向けるが、もちろん彼女が起き上がってこちらを見ているというわけではなかった。
 そんなことを面と向かって言われたのは初めてだった。言われた瞬間、何て身勝手な娘だろう、と思った。お前に何がわかる、と怒鳴りつけてしまいそうな自分を必死に抑えた。彼女がとても寂しそうに自分を見ていたから。八つも年下の彼女がとても大人びて見えたから。
 シェータゼーヌは席を立つと、セフィーリュカを起こさないように彼女に近寄った。大きなソファに寝転んだ彼女の体は小さく、ソファには人が一人くらい座れそうな隙間が残っている。シェータゼーヌはそこに腰掛けると、セフィーリュカを見下ろした。規則的な寝息が聞こえる。無防備な少女は、シェータゼーヌが自分の頭の横に腰掛けていることにまるで気づいていないようだ。
 こうして見ると、何てあどけないのだろう。シェータゼーヌは口の端を歪めて微笑した。不思議な少女だと思う。自分よりもしっかりしているように思うこともあるというのに、自分が教える数学を必死に聞いて理解しようとする彼女はとても頼りなく見える。これは親が子を思う気持ちのようなものだろうか。一瞬そんなことを思った自分に苦笑する。自分はそんなに年を取ったつもりはない。二十四歳で十六歳の娘がいるというのは、いくらなんでも計算が合わない。
 いや、それもあり得る世界なのだ、このプロティアという惑星は。遺伝子操作によって望まれた子供たち。目下の少女もその一人ではないか。両親に望まれ、彼らの思い通りに作られた子供。彼女の空色の髪と瞳は父親の形質だという。それを聞いたとき、なんともいえない奇妙さが頭の片隅に浮かんだことを覚えている。カナドーリアとのこの違いは、文化の違いと言えるものだろうか。文明の差だと、一概に言ってしまえるのだろうか。
 人間とは、何なのだろう。


 おいおい、このままじゃマズイぞ!
 銀河同盟軍の奴ら、この星を消すのが目的じゃなかったのか!?
 まさか地上に降りて来るなんてな…。
 どうすればいいんだ?このままじゃこの星が銀河同盟領の一つにされてしまうぞ!
 俺、このまま銀河同盟の奴隷にでもされるのか?
 冗談じゃない、何とかしないと!
 俺は特殊戦闘員だ、地上戦にはちょっと自信がある。
 よし、まずは武器を調達しよう。そうしたら市街地にでも行って、一人でも多くの市民を助けないとな!その後のことはよくわからんが、とりあえず生きてればいつかいいことあるよな!


 首都メルテの外れに位置するアーベルン家は今のところ戦火を免れている。ただ、市街地で展開しているプロティア地上軍と銀河同盟宇宙軍の揚陸部隊―シオーダエイルの見解であり、本当の正体はわからないが―との戦闘は辺りが完全に暗くなった現在も続いているようで、時折爆音で家具がガタガタと揺れていた。
「……ねえ…本当に逃げなくて良いの?母さん」
 照明を落としたリビング。ソファへ座ったリフィーシュアが心配そうに母を見上げる。シオーダエイルはいつもの落ち着いた笑顔で娘に頷いた。
「ここは避難場所に指定されている区画よ。大丈夫、下手に外へ出るより、家の中の方が安全だと思うわ」
 プロティア地上軍が善戦していれば、とはあえて言わなかった。リフィーシュアは母の言葉に少し安心したようだが、正常に機能しなくなっている自分の携帯端末へ視線を落とす。
「…セフィー…」
 帰宅してから、何度も妹へ連絡しようと端末を操作している。だが、メルテの通信設備が襲撃されたのだろうか、ずっと『圏外』になっている。勉強を教えてもらいに出て行ったまま帰るに帰れない状況なのだろうとは思うが、もし帰り道で戦闘に巻き込まれてしまっていたら…。こういうときはどうしても物事を悪い方へばかり考えてしまう。 ふと、爆音が窓をビリビリと鳴らした。思わず声をあげたリフィーシュアの横へ腰かけ、シオーダエイルは彼女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。怖くない。もしものことがあっても、あなただけは絶対に守るから…」
 優しいが力強い母の言葉。リフィーシュアは彼女の言葉がはったりでも偽りでもないことを、つい数時間前に知った。

 夕刻。二人はメルテの市街地を歩いているときに銀河同盟軍の襲撃とはち合わせていた。
 急に目の前が真っ白になった。とっさに目を瞑ったためなんとか失明は免れたようだが、目を開けた後の光景を見ずに済んだのだったら、その方が良かったかもしれないなどとリフィーシュアは思った。数十メートル先の道路が裂け、信号の光が消え、電柱が倒れて火花が飛び散っていた。戦闘機が頭上を高速で飛びまわり始め、そこから降ってくる物体が光を発する度、道路や建物からあちこちから火の手が上がった。人で溢れた市街地は、一瞬にしてパニックに陥っていた。泣き叫ぶ人々が一斉にどこへともなく走り出す。
 爆発地点からはだいぶ離れていたのに、地を伝わる振動で思わずよろめいた。そんなリフィーシュアの体を後ろから支え、シオーダエイルは空を見上げた。
「まさか、プロティアの地上を直接攻めてくるなんて…」
 プロティア宇宙軍はどうしたのだろう。既に敗北してしまったということなのか、それにしても展開が早過ぎる。
「…母さん…」
 空を睨んでいる母親を、リフィーシュアが見上げた。その声で我に返ったシオーダエイルは、優しく娘の手を取り走り出した。同じように逃げようと走る人々と、何度も体がぶつかる。
「リフィー、母さんの傍を離れないで」
「…わかった」
 走りながらシオーダエイルは考えていた。空爆されやすい建物を避けて行かねばならない。爆風の煽りで吹き飛ばされることを回避して行かねばならない。戦闘機の軌道を見定め、既に攻撃され破壊された地点、これから攻撃される地点を予測して行かねばならない―。
 本来は簡単なはずの帰路を、いつも通らない路地などを使いながら前へ進む母親に手を引かれ、リフィーシュアは無言でついて行った。もう日が暮れる時間なのに、閃光と炎のせいで昼間のように明るい。ものが焦げる、嫌な臭いが鼻をつく。銃声や爆音も、意外なほど近く感じた。
 ふと、頭上を飛び交っていた戦闘機に何かが衝突したような音がして、それが爆散した。轟音と共に付近のビルへ落下する。
「きゃあぁっ」
 思わず叫び声を上げて立ち止まったリフィーシュアの手を握り締めたまま、シオーダエイルは眉をひそめた。
「(地上軍が迎撃を始めたの…?)」
 プロティアで地上戦が展開されるなど、恐らく今回が初めてだろう。宇宙軍に比べて地上軍の動きが未熟なのは仕方ないとは思う。それにしても、市民や観光客が密集しているこの場所で戦闘機を撃ち落とすなど。聞こえてくる銃声も増えてきた気がする。自国の地上軍が、守るべき民間人を誤射しないよう、シオーダエイルには祈るしかなかった。
 走り続け、周囲に大きな建物が少なくなってきた。同じ方向へ走る人々の数も減っている。逃げ出す方向が異なるのか、途中で力尽きたのか。
「…!」
 突然、シオーダエイルは何も言わずにリフィーシュアの肩を勢いよく掴むと彼女を路地裏に隠し、自分もすぐにそこへ入り込んだ。狭い所に突然押し込まれて文句を言おうとしたリフィーシュアの口をそっと押さえる。入り込んだ路地裏の建物にぴたりと背をつけ、周囲を警戒し始める母を、リフィーシュアは呆然と見つめた。
「か、母さん?」
「しっ!喋らないで。壁に背をつけて、じっとしているのよ。…何か来るわ…」
 シオーダエイルは黙り込んで周囲を見渡した。リフィーシュアは訳が分からず母に言われるままに従った。
 …ガシャン、ガシャン…
 やがて、どこからか機械音が聞こえてきた。規則的な音が徐々に近づいてくる。機械が歩いてくるのだろうか。
 一瞬、炎によって明るく照らされていた路地裏が暗くなった。リフィーシュアが驚いて少し首を伸ばしてみると、大通りの真ん中に先程の足音の正体を発見した。それはやはり機械だった。戦車のような形をしているが、下部にあるのはローラーではなく、百足のようにたくさんある鉄骨の脚である。上部に大きな球体が付いており、それがくるくると回っている。目のようなレーダーが機械音を発し、何かを探すように瞳孔のような部分を大きくしたり小さくしたりしている。そして、その目から少し下に取り付けられているのは、数十本はあろうかと思われるレーザーガン。
 不気味な姿をしたその兵器は、ゆっくりと二人が隠れている路地の横を通り過ぎていった。恐怖で呼吸を忘れていたリフィーシュアが、大きく深呼吸する。シオーダエイルは、通り過ぎて行った兵器を分析していた。
「(あれは…宇宙船の白兵戦で使う掃討兵器よね…。銀河同盟軍は地上戦専門の地上軍を連れず、間に合わせの揚陸部隊だけでプロティアを制圧出来ると考えているの?それとも…まだ本隊は到着していない…?)」
 シオーダエイルの思考は急速に打ち切られた。兵器がゆっくりと過ぎ去った後を、一人の銀河同盟宇宙軍の軍服を着た兵士が長銃を持ち歩いてきた。周辺を見渡しながら歩いていた彼の視線が、ガスマスクのようなヘルメット越しにシオーダエイルへ向けられる。
「!」
 兵士がシオーダエイルに長銃を向けるのと、彼女が路地裏を飛び出したのはほぼ同時だった。素早い動きには明らかに不適な長いスカートが、風でふわりと揺れる。
「母さん…!」
 リフィーシュアは、母が路地裏から出たのは兵士に撃たれ倒れ込んだせいなのだと思い、混乱した。だが、次の瞬間に見たのは、母が兵士の長銃を掴んでその反動で彼の背後へ回り込み、彼の首筋へ手刀を叩き入れたところだった。声も上げず、兵士はその場へ崩れ落ちる。シオーダエイルは兵士の手から滑り落ちた長銃を奪い素早く持ちかえると、先ほど通り過ぎていった掃討兵器へ銃口を向けた。兵器は鉄製の百足のような脚を細かく動かし徐に向きを反転させ、攻撃対象を定めようと演算しているようだった。
「遅いわ」
 兵器のレーダーがシオーダエイルを捕捉して漸くレーザーガンを向けたとき、彼女は迷いなくレーダーに向けて発砲していた。弾は精確にレーダーの中心を打ち抜き、そのまま掃討兵器はあっけなく沈黙した。
「………」
 ここまでほんの数秒。リフィーシュアは目の前で起きた出来事を理解出来ずに立ち尽くしていた。そんな彼女を後目に、シオーダエイルは長銃に充填されていた弾丸を全て取り外し、律儀に安全装置をかけた状態にすると、倒れている銀河同盟軍兵士の横へそっと置いた。そして何事もなかったかのようにリフィーシュアの元へ戻って来る。
「さあ、急いで帰りましょう」
 息ひとつ切らさず微笑みかけてきた母に、リフィーシュアは何から驚けば良いのかわからなかった。料理上手でいつも穏やかに過ごしている母が元軍人なのだと、実は俄かに信じていなかったが、今起こった一部始終を見てしまった後では信じざるを得ない。
 人並み外れた動体視力と敏捷性をコードされた遺伝子を持つ『優良種』、シオーダエイルは娘の手を取ると、路地裏を抜け、戦場となった市街地を駆け抜けた。


 同日の日没、ゼファーのいた宇宙軍司令部は警備の人員が減っていた。そこへ急襲してきた銀河同盟軍の戦闘機は、司令部前にいたプロティア地上軍の兵士を空から一人残らず射殺した。そのまま司令部の建物へ刺さり込むように突入した戦闘機から降りて来た銀河同盟宇宙軍の兵士たちは、一時間も経たぬ間に司令部を占拠した。
 銃弾と怒声が飛び交う中、ゼファーは自分のことを守って武装していたプロティア地上軍兵士の制止を振り切り、指令室を出た。廊下へ出た瞬間に無数の殺気と銃口が彼を取り囲む。カツカツと軍靴を響かせ、一人の銀河同盟軍人がゼファーの前に歩み出た。
「……僕はどうなってもいい。だから、これ以上誰も殺さないでくれ」
 恐らく彼が襲撃部隊のリーダーなのだろう。ゼファーはひるむことなく彼の目を真っ直ぐに見据えて、そう言った。彼の傍にいた星間通訳らしい女性が、ゼファーのプロティア語を母国語へ直して伝えたらしい。四角い顔をしたその軍人はゆっくりと頷き、兵士に何やら一言言った。兵士はゼファーの腕を後ろ側へ締め上げ、歩くようにと乱暴に肩を叩いた。ゼファーは、そのまま指令室から別室へと連れて行かれた。