Gene Over│Episode1蒼き星と少女 05情報

 携帯端末が軽快な電子音を鳴らす。メールを受信したようだ。愛用の小型宇宙船を調整していた手を一旦休めて、デリスガーナーは端末を覗き込んだ。
『1015 ロステリオカフェ』
 発信元を確かめると、アランだった。デリスガーナーが彼に情報収集の依頼をした翌日、彼は早くも一つの情報をもたらした。それは、ノジリス王家宝物庫の詳細な警備体制を示した地図だった。一体どうやって入手したのかと尋ねても、企業秘密だとか言って教えてはくれなかったが。
 それによると、宝物庫の扉の前には、常に番兵が立っていて―まあ、これをルド少年が殺害したと見られるが―まずそこを突破しなければならない。とはいえ、少年に殺害できたぐらいであるから警備をする人間が一人というのは少なすぎる。無事突破した後が問題となるはずである。
 地図上で扉から宝物庫内部へと指を走らせると、入り口に早速大掛かりなセキュリティシステムを発見した。この宝物庫に入るには、王直々の許可IDが必要であり、それを持たない者はたとえ番兵であっても、入室した途端その場に設置されたマシンガンで蜂の巣にされるという恐ろしいシステムらしい。番兵を殺害するほど慌てて宝物庫に入ったことから、ルドがそのIDを持っていた様子はない。それなのになぜ彼はこの要塞のような建物に入れたのだろうか。そして、タイムラナーの安置されている場所へ辿り着くまでには、更に強力なセキュリティシステムがいくつも待ち受けているのだが、なぜ彼はそれらに阻まれず、且つ誰にも気づかれないまま、タイムラナーを持ち出すことができたのだろうか。
 アランの特別ルートによる聞き込みによると、事件があった当日、セキュリティが作動した形跡は数瞬たりともなかったという。ルドは人間として感知されなかったとでもいうのだろうか。それでもおかしい。そのシステムは鼠一匹逃さないようにプログラミングされているのだから。
 アランが一つ目の情報を持ってきてから二日、彼にしては少しばかり遅い報告が、今日なされるのだ。ノジリス王家の者が同じ艦隊内にいるので聞いてみると言ってはいたが、第六艦隊がちょうど休暇期間に入ってしまったため、なかなかその人物が捉まらなかったということなのだろう。
 デリスガーナーは端末を適当な所に放り投げて、床に落ちていたスパナを握りなおすと、時間に間に合うよう船の調整作業を再開した。

 待ち合わせとして指定されたロステリオカフェというのは、ノジリス王国の中心街の中では有名な店である。店内は決して広いとは言えないが、クラシック音楽が静かに流れ、暗めの照明が客たちを微かに照らし出す。周囲の客を気にせず、自分だけの空間が確保できるということが評判になり、近所に住む茶飲み客ばかりでなく、大企業の社長やら、国家の重役やらが密会のために使うこともあるという噂もあった。
 デリスガーナーが暑い外から薄暗い店内に入ると、冷房の心地よい風が迎えてくれた。一番奥の席で、誰かが手を挙げたのが見える。目を凝らして見ると、あのオレンジ色の頭はアランらしい。
「すまない、待たせてしまったな」
 デリスガーナーは急いで大股で奥の席まで歩いていった。休暇中のアランはTシャツにジーンズというラフな私服姿である。
「いえ、大丈夫です。そちらへどうぞ」
 言われた通り席につくと、アランの隣に誰かいることに気づいた。
 真っ直ぐに伸びた長い金髪を頭の上で一本にまとめ上げた美しい女性が、背筋を伸ばして上品に紅茶を飲んでいる。年齢はデリスガーナーと同じくらいであろうか。細かいレースがあしらわれた清楚な白いブラウスは彼女の上品さを引き立てていた。
「ご紹介します。こちら、第六艦隊所属のシレーディア・リズム・ノジリス大佐です。大佐、こちらは特殊戦闘員のデリスガーナー・レンティス少佐です」
 アランがそう言いながら、女性とデリスガーナーを交互に手で示す。お互いに紹介された二人は同時に会釈した。シレーディアはとても自然に、優雅に。デリスガーナーは緊張して、ブリキの人形のように。
「(王女といっても、宇宙連邦軍人になるのなんてどうせ分家の変わり者のお嬢さんだろうと勝手に想像していたが…。シレーディア王女ってのは確か、本家の王族だったよな…)」
 ノジリスの王位は代々男系であることは有名なので、彼女に王位継承権はないのだと思われるが、祝典などで国民の前へ姿を現す機会が多い王族が目の前に座っているという奇妙な事実に、デリスガーナーは緊張を隠せなかった。動揺している様子の先輩を尻目に、アランは一度咳払いして口を開いた。
「早速本題に入りますけどね。大佐は、現在行方不明中のルド少年の義姉上にあたるんです。それで、捜査の進行状況を知るため、少佐に是非お会いしたいと仰いまして、こんな所までご足労頂きました」
 明らかに使い慣れていない敬語で、アランがシレーディア同席の理由を語りだした。シレーディアが、少し辛そうな表情でデリスガーナーを見る。
「まさかあの子が誘拐されるなんて、まだ信じられなくて…あなたが調査をしてくださっていると聞いて、私も微力ながら協力できればと」
 細いが、しっかりと通る声だった。
 デリスガーナーは彼女が言った『誘拐』という言葉が気になった。そして、ふと昨日見たニュースを思い出す。ほとんどの局がカナドーリア会戦と惑星消滅についての報道ばかりを流していたが、ダスロー惑星内だけの地方局だけが、王族の少年の失踪事件を取り上げていたのだった。そこでは、王族の少年が何者かに誘拐され、更に開かずの宝物庫が破られたと報道されていた。番兵が殺害されたことはあえて伏せてあるようであった。
 表向きこのような報道がされているというのは、ラルネ司令長官から預かったファイルに書かれていた『第一級機密』というのと何か関係があるのかもしれない。
「では、お尋ねしますが、義弟さんはどのような方なんです?」
 デリスガーナーは、まるで探偵のような口調でシレーディアに問いかけた。シレーディアは一呼吸おいて、穏やかに語り出す。
「とても静かな子です。人間嫌い、とまで言うのは言いすぎかもしれませんが…私たちにはあまりなついてくれませんでした…」
 シレーディアはそこで一度言葉を切った。俯いて、すぐに顔を上げると、デリスガーナーの目をしっかりと見据える。
「ルドと私に…血の繋がりはありません。彼はノジリス王家の血を引いてはいません。二年前、どこからか父王が連れてきて、分家であるアカムリア家に養子として引き取らせた子なのです」
 シレーディアに見つめられたまま、デリスガーナーは固まっていた。
 そんなことがあるのだろうか。王家が養子を取るなど、聞いたことがない。分家に入れるのでは、王位継承権も持たせられないのだ。何のメリットもない。
「そんなことが…あるんですか…?」
 訝しげに、アランがシレーディアの顔を見る。彼女は困ったような顔で同僚を見つめた。
「私も戸惑いました。理由に関して、父は何も話してはくれませんでしたし。わかっているのは、ルドには引き取られる以前の記憶が一切ないということだけで…」
 ますますわからなくなった。ノジリスの王は、記憶喪失の可哀相な少年を、憐れみから助けたとでもいうのだろうか。シレーディアは俯いて、小さく鼻をすすった。
「それでも、実の弟のように思い接してきました。素直な良い子なんです…。それなのに…こんなことになって…」
 言葉の最後の方はどこか涙混じりで、明確には聞き取れなかった。アランが、おろおろと動揺している。デリスガーナーはシレーディアを真っ直ぐと見据え、厳かに口を開いた。
「…最後にもう一つだけ聞かせてください。彼が連邦の『第一級機密』というのは、一体どういうことなんです?もしご存知なら、教えて頂きたい」
 シレーディアの動きが止まる。強張った表情で、デリスガーナーを睨むように見つめる。アランも息を飲んで彼女を見守っていた。
「そうですか…そこまでお調べになられたのですね…」
 情報源が司令長官であるなどと、彼女に知る術はない。彼女は戸惑いと恐怖が入り混じったような表情でしばらくデリスガーナーを見据えていたが、やがてあきらめたように彼から目を逸らした。
「ルドには…不思議な力があるのです」
「不思議な力?」
 首を傾げるアランに、シレーディアは弱々しく頷いた。
「機械を、使役してしまうのです。…お二人は、昨年ダスローの人工衛星が誤作動を起こした事件を覚えておられますか?」
 急に現実離れした話をされ、しかもその途中で質問されたため、二人は答えるまでに数秒の間を空けた。
「去年の九月三日…政府管轄のマザーフレームが何の前触れも無く対宇宙船撃墜用衛星アガレーゼに向けて緊急警報を発信。それを受けたアガレーゼがなぜか砲門をダスローに向けたという、あれですか?」
 情報通のアランは、両腕を組み、目を閉じてまるで本を暗唱するかのような口調で事件の概要を話した。シレーディアが頷く。
「あの事件を起こしたのは…ルドなのです」
 シレーディアの衝撃の告白に、デリスガーナーは時が止まったかのような錯覚を感じた。すぐにはその言葉の意味が理解できない。そんな中、シレーディアだけは一人時間軸の中に存在するかのように、淡々と言葉を紡ぐ。
「方法はわかりません。でも、あの子は自分の部屋にあった端末から、政府のマザーフレームへ侵入し、衛星を操作していたというのです」
「どうしてバレたんですか?完璧なハッキングだったんでしょう?」
 アランが尋ねる。
「ルドが、部屋を飛び出してきて、そのことを私たちに話したのです。ひどく怯えている様子で、『僕は大変なことをした、声が聞こえて…』と、意味不明なことを言っていました。やっとのことで落ち着かせて、マザーフレームの緊急警報を解除させましたから大事には至りませんでしたが…あの子があと数回命令を下していたら、アガレーゼはダスロー全域を火の海にしていました」
 衛星の誤作動としか報道されず、ほとんどの市民が既に忘れかけているような事件の裏にこんな真実が隠されていようとは。さすがのアランもただただ驚いて瞬きをするばかりである。
「当然、ルドは逮捕、拘束されてしまうものと思っていました…。でも、宇宙連邦政府から届いた通知には、ルドを連邦の第一級機密に指定するとだけあって、全く罪には問われなかったのです」
 シレーディアはそこまで言うと、俯いた。これ以上辛い話をさせるのは忍びない。アランに目で合図すると、デリスガーナーは徐に立ち上がった。
「貴重なお話をありがとうございました。義弟さんは、必ず見つけ出して見せます」
 デリスガーナーの決意の言葉に、シレーディアは深く頭を下げ、小さな声で、お願いします、とだけ言った。

「ご自宅までお送りしますから、大佐は車で少しお待ちください」
 店から出ると、アランはそう言って、道路の脇に止まっている車を指差した。シレーディアは頷いて、二人にもう一度深くお辞儀をすると、背筋の伸びたきれいな姿勢で優美に歩いていった。その後ろ姿を見送りつつ、デリスガーナーは疲れたように溜息をついた。その理由を知っているアランは苦笑する。
「緊張しました?」
「ああ…。アラン、同じ艦隊にいて、仕事しにくくないのか?」
「そりゃあ、多少は気を遣いますけど…。彼女、ああ見えて戦闘艦の艦長としては非常に有能ですよ。的確な指揮で、うちの艦は何度も助けられてますし。…そもそも、司令と比べたら女神様みたいに見えます…」
「…そ、そうかも…な」
 がくりと肩を落としたアランに、その理由を知っているデリスガーナーは引きつった笑みで返すことしか出来なかった。
「…冗談はおいといて。もう一つ、耳寄りな情報が」
「何だ?」
 不意にアランが真剣な表情で声をひそめる。
「少年が失踪したと思われる時刻の数時間後、民間船発着所の管制官が、発進許可のでていない宇宙船の発進があったと報告しています。何か参考になればいいんですが」
 アランはそう言って、車に向かって歩き出した。
「ったく、お前の地獄耳はどこまで聞こえてるんだよ?」
 デリスガーナーが呆れたように言うと、若い中佐はにやりと笑って振り返った。
「本気を出せば、宇宙の最果ての音だって聞こえますよ」
 それだけ言うと、アランはデリスガーナーに背を向け、シレーディアの乗る車へ向かっていった。
「…………」
 ある意味、一番敵にしたくない男かもしれない。デリスガーナーは苦笑すると、アランとは逆の方向、宿舎に向けて歩き出した。
 予想通りだ。
 宇宙船の整備をしていた時間はあながち無駄にはならないようである。